第271話 9月19日(……これが、私の最後なんだ)
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
出会って早々、深々と頭を下げる秋に「こちらこそ」とお辞儀する。
改まって挨拶し合う私達を見て、彼は呆れていた。
「二人とも、ここで試合をする訳じゃないんだぞ」
秋が促されるまま車の後部座席へ乗り込む。
その後姿を見て、前と後ろどちらに座ろうかと悩んだが……結局、後ろを選んだ。
◇
「……来たか」
出迎えてくれた祖父に向かって、秋が「本日は宜しくお願い致します」と挨拶をする。
「ああ。しっかりな」と素っ気ない返事をする祖父は、最初から今日の対戦相手が秋だと知っていたようだった。
「今日……秋が対戦相手だって知ってたの?」
何気なく訊ねると祖父は首を横に振る。
「……じゃあ、なんで」
質問を重ねた直後、
「今の智奈美が剣道をするとしたら、相手はあの子だと思っていた」
と答えられた。
◇
試合は午後から行うことになった。
試合前、彼を
「俺でいいのか?」
彼が首を傾げた意図はすぐにわかった。
「秋とは試合以外で剣道はしません。祖父ともです」
試合はする。
剣道は好きだ。
でも、やるなら最小限と決めていた。
「なるほど? 俺は
「はい」
そして、最後の稽古を終え――、
「行って来い」
「……いってきます」
――私は、秋との試合に臨んだ。
◇
『わたし、向坂先輩に憧れて剣道を始めました!』
初めて彼女に言われた時のことを覚えている。
小柄で可愛らしい後輩に慕われて嬉しい一方で……背が低い秋では
ただ――、
『ちーちゃん先輩! 今の技っ、教えてください!』
――体格差のある秋に、そっくりそのまま
それは……、
胴に竹刀で触れられ、甲高い爆ぜたような音が響く。
「一本っ!」
審判を務める祖父の声がすっと耳に染みこんで来た。
それは、態勢を崩そうと
「……引き胴」
私が教えた、体格差の不利を覆すための
礼を終えて面を外すなり秋が飛んで来る。
「あの、ちーちゃん先輩!」
息を切らせた私へ、秋は綺麗な呼吸のままで告げた。
「私、剣道が好きです! だから、これからも続けます! 絶対、やめたりしませんからっ」
これからやめる私への、当てつけみたいな言葉。
だが、彼女の口からそれを聴けた瞬間……心が軽くなった。
あの日――私がした
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