第271話 9月19日(……これが、私の最後なんだ)

「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」


 出会って早々、深々と頭を下げる秋に「こちらこそ」とお辞儀する。

 改まって挨拶し合う私達を見て、彼は呆れていた。


「二人とも、ここで試合をする訳じゃないんだぞ」


 秋が促されるまま車の後部座席へ乗り込む。

 その後姿を見て、前と後ろどちらに座ろうかと悩んだが……結局、後ろを選んだ。



「……来たか」


 出迎えてくれた祖父に向かって、秋が「本日は宜しくお願い致します」と挨拶をする。

 「ああ。しっかりな」と素っ気ない返事をする祖父は、最初から今日の対戦相手が秋だと知っていたようだった。


「今日……秋が対戦相手だって知ってたの?」


 何気なく訊ねると祖父は首を横に振る。


「……じゃあ、なんで」


 質問を重ねた直後、


「今の智奈美が剣道をするとしたら、相手はあの子だと思っていた」


 と答えられた。



 試合は午後から行うことになった。

 試合前、彼を準備運動ウォーミングアップに誘う。


「俺でいいのか?」


 彼が首を傾げた意図はすぐにわかった。


「秋とは試合以外で剣道はしません。祖父ともです」


 試合はする。

 剣道は好きだ。

 でも、やるなら最小限と決めていた。


「なるほど? 俺は数に含まないノーカウントって訳か」

「はい」




 そして、最後の稽古を終え――、




「行って来い」

「……いってきます」




 ――私は、秋との試合に臨んだ。







『わたし、に憧れて剣道を始めました!』


 初めて彼女に言われた時のことを覚えている。

 小柄で可愛らしい後輩に慕われて嬉しい一方で……背が低い秋では無理私のようにはなれないだろうとも思った。

 ただ――、


! 今の技っ、教えてください!』


 ――体格差のある秋に、そっくりそのまま盗ま真似をされた技がある。

 それは……、




 胴に竹刀で触れられ、甲高い爆ぜたような音が響く。


「一本っ!」


 審判を務める祖父の声がすっと耳に染みこんで来た。

 それは、態勢を崩そうと鍔迫つばぜり合いに持ち込んだ途端――小柄な秋が身を引いた直後の出来事。


「……引き胴」


 私が教えた、体格差の不利を覆すための引き技だった。



 礼を終えて面を外すなり秋が飛んで来る。



「あの、ちーちゃん先輩!」


 息を切らせた私へ、秋は綺麗な呼吸のままで告げた。


、剣道が好きです! だから、これからも続けます! 絶対、やめたりしませんからっ」


 これからやめる私への、当てつけみたいな言葉。

 だが、彼女の口からそれを聴けた瞬間……心が軽くなった。


 あの日――私がした試合剣道はただの暴力になってしまったが……守ったものも確かにあったのだ。

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