【間違って、遠回りして、『それでも』と言って……】

第223話 8月2日(……ホント、最低)

 通話が始まってすぐ、スマホのスピーカー機能をオンにしてベッドへ放り投げた。

 枕の上を跳ねたスマホに続いて布団へ飛び込むと、頭上から茉莉の声が聞こえてくる。


『二人でどこに行くかはもう決めたの?』

「まだ……というか、あれから連絡ない」


 寝返りを打ちながら答えた直後『まだ?』と疑問符が返って来た。

 でも――、


「…………」


 ――すぐ返事をくれる親友の早さに、私は追いつけない。

 言いたいことが上手くまとまらず、頭の中に思い浮かんだ端から言葉はほどけていってしまう。

 だけど、


「……これって、私から連絡していいのかな?」


 茉莉が待ってくれたから、喉の奥に引っかかりながらも声に出せた。

 足元に畳んでいた布団を足で蹴り……爪先で引き寄せながら返答を待つ。

 短い沈黙を挿んで聞こえて来たのは、細い溜息と優しい声色だった。


『……ちなには、楠と話したいことがあるんだね?』

「……話したい、こと?」


 次の瞬間、解けてばかりだった言葉が形になっていく。

 上体を起こしてスマホと見つめ合い――まるで茉莉の瞳を見るように、液晶画面と向き合った。


「うん。あるよ、話したいこと。でも、もっと早く話しておけばなって……」


 茉莉へ心情を吐露する最中、声が震える。

 胸が締め付けられて、苦しくて――なのに、このまま想いを吐き出してしまえば楽になれる確信があった。

 だから、そんな自分が嫌になる。

 視界に映る指が情けなくて、自己嫌悪に陥る自分自身の白々しさが許せなかった。


「だめだ……私、今――茉莉に怒られたがってる。最低。楠や、夕陽には怖くて言えないこと茉莉にだけは話して、聞いてもらって、落ち着こうとしてて」


 この時、茉莉から優しくされても怒られても、そうしてもらった自分をもれなく嫌いになる自信があった。

 なので、


『なら、電話切ろうか?』


 茉莉が呆れるように言ってくれて正直嬉しい。


「……それは嫌」

『言うと思った』


 笑われながら何も言わず呼吸を整えていると、今度は彼女の方から口を開いた。


『あのさ、あたしはちなの味方だから……また話も聞いてあげるし、いっぱい怒ってあげる。だから――ちなから誘ってみなよ』


 短く「ん」と頷いて返した所、茉莉からも同じような声が返って来る。


『それじゃ、切るね? ちゃんと一人で楠を誘える?』


 心配そうな親友に「大丈夫」と笑いかけ――、


「うまくできなかったとしても、自分の言葉でやってみるから……後で聴いてくれるでしょ?」


 ――私から通話を終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る