第222話 8月1日(彼氏、なんだよね……)

「やば、もうこんな時間じゃん」


 茉莉の言葉で促されるように時計を見ると、針が重なり合っていた。

 知らぬ間に日付を跨いでいたらしい。


「チェックアウトって何時だっけ?」

「確か……11時?」

「11時か……なら、ちょっとくらい寝過ごしても大丈夫かな?」

「まあ、ちょっとくらいなら?」


 直後、茉莉は「だよね!」なんて笑いながらスマホへと手を伸ばす。

 「何してるの?」と画面を覗いてみたら、彼女は時計のアプリに触れていた。

 アラーム機能をいじっているらしく、元々は8時に鳴る筈だった設定が2時間ほど遅らされる。

 その後、親友は「これでよし」と満足げに笑うのだが……たぶん、目覚ましが鳴るよりも早く起きる起こされることになるんだろうなと思った。


「……ゆっくり寝たいのはわかるけど、先に起きた陽菜ちゃん達に起こされるハメになるんじゃない?」

「まあ、そうなったらそうなった時――そうだ! その時はもう一回一緒に温泉行こうよ!」

「朝から温泉か……いいかもね」

「決まり!」

「なら……私は7時にアラームセットしとく」

「なんで?」


 首を傾げる茉莉へ「私が早く起きれたらそのまま茉莉を起こして温泉コース」と簡潔に告げる。

 そして、アラームをセットしようとスマホに触れた時――、


「あれ……」


 ――楠からメッセージが届いていたことに気付いた。


「……楠からメッセージ来てた」

「楠? 今から会おう、とか?」


 慌てて茉莉へ振り返り「なんでわかったの?」と訊ねる。

 すると、彼女は呆れたように「まあ、気持ちはわからないでもないし」と肩をすくめた。


「せっかく彼女とお泊りでお出掛けできたのに、二人っきりになれる機会なかったもん」


 それから茉莉は「行ってあげたら?」と不機嫌そうに頬杖をついて続ける。


「ただし、変なことされそうになったら即効そっこー戻ってくること。わかった?」





 楠へ返事をしてすぐメッセージに既読が付いた。

 ロビーで待ち合わせをして、一人で部屋から出る。




「……お待たせ」

「いいや、全然」


 自販機の前にあるソファへ座ると、楠が缶珈琲を奢てくれた。


「……ありがと」

「いや、俺の方こそありがとう」

「なんで楠が?」

「海、誘ってくれたこと……去年からずっと部活漬けだったからさ、楽しかったよ。渚も喜んでたし」


 優し気に笑う横顔が、少しだけ陽菜ちゃんの話をする茉莉親友と似ている。

 けれど、


「そう? なら、誘って良かった」

「けど、今度はさ……二人で出掛けないか?」


 楠は親友ともだちじゃなくて、私のなんだ。

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