第221話 7月31日(……いこっか、渚ちゃんも呼んでるし)
「海見えて来たよ!」
茉莉が車の窓から見える景色へと指を指す。
すると、
思わず頬が緩む中、振り返った渚ちゃんに「ちなみちゃんも見て見て!」と袖を引っ張られた。
「……ん。どこ?」
渚ちゃんの指差す方向を視線で追いかけながら、優しい声色で訊ねる。
直後、隣に座っていた彩弓さんの口から「ふふっ」と笑いを堪え切れなかったみたいな声が漏れた。
「ご、ごめんっ。でも、あんまりにもギャップがあって」
謝罪してからすぐ閉じられた唇は、まるで幼稚園児がとても上手くお裁縫をした後のようにぐにゃぐにゃだ。
それは、今も必死に笑いを堪えているのが伝わってくる程で……どうやら、私をからかって笑っているのではなかったらしい。
純粋に、妙な笑いのツボを刺激されてしまったのか彩弓さんはとても辛そうだった。
だから、軽い冗談のつもりで――、
「大丈夫。全然気にしてないから、ね?」
――彩弓さんに小さい子達用の声色を使ってみた所……彼女は、勢いよく空気が抜けていく風船みたいに大声で笑い出した。
「おなっ――お腹痛いっ」
「自業自得です」
まだ遠くて小さいけれど……確かに海が見えた。
でも――、
(……楠?)
――視界に楠の姿が映った途端、海から視線を外す。
理由は単純だった。
車内の誰もが海を見ている中、楠だけは違う場所を見ていたからだ。
だけど、楠が何を見ていたのかなんて……気付かなければ良かったのかもしれない。
だって、楠の瞳は真っ直ぐに彼を見つめていて……その視線には、覚えがあった。
今年の冬に、私が彩弓さんに向けていたのと……それは、たぶん同じものだ。
◆
引率と称して彩弓さん達に海へ連れて行かれた彼の背中を見送りながら――、
「…………」
――荷物番と称してパラソルが作った日陰の中でかき氷にスプーンを刺す。
だが、決してひとりぼっちという訳ではない。
隣には
「……それ食べたら泳ぎに行くか?」
「いいけど。誰かが荷物見てないといけないでしょ?」
「それもそうか」と頷く楠はどこか残念そうだ。
でも、おそらく楠の望みは叶うだろう。
何故なら今、渚ちゃんを肩車している彼と目が合った。
きっと、もう少ししたら戻って来て「荷物は俺が見とくから」なんて言うんだろうな……彼は。
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