第218話 7月28日(水の味なんて、いつだって一緒でしょ……)

 正午過ぎ――。

 ノートへ最後の『 . ピリオド』を打った直後、自然と手からペンが離れた。

 ずっと体をちぢこめていた所為だろうか?

 背中を反らすだけでも、思わず「んっ……」と声が漏れてしまうほど気持ちよかった。

 だが、どうせ体を伸ばすなら椅子の上より適した場所がある。

 机の上を片づけてからベッドへ移動し寝転がると、課題中は枕元に放置したままだったスマホへと手を伸ばした。

 しかし――、


「…………」


 ――時刻が進み、充電が減ったこと以外……何も変わっていない。

 親友から『遊ばない?』『出掛けよう!』とお誘いのメッセージも来ていなければ、二週間近くログインしていないパズルゲームからの鬱陶しいイベント通知すら来ていなかった。

 それからしばらく、ぼうっと液晶画面とにらみ合う時間が続く。

 そして、暇を持て余した結果――なんとなくで始めたパズルゲームをアンインストールし、容量が軽くなった所で、


(……暇だな)


 と、心の中で呟いた。

 そう言えば、今しがた消したパズルゲームも元々は暇すぎてやることがなかったからインストールしたんだっけ?

 『妙なことを思い出してしまった……』と考えながら、スマホの電源ボタンへ指を掛けた。

 液晶が真っ暗になったのを確認してから、枕元へ放る。


 スマホというのも案外、役に立たないものだ。


 その後、瞼を閉じて親友の代わりに睡魔が遊びに来ないかと期待してみる。

 けれど、やって来たのは『何をしてるんだろう?』という虚無感だけだった。


 おかしい……普通、夏休みの課題を終えたら、得るものは達成感の筈だ。

 なのになぜ、私は虚無感を抱きながらベッドへ寝転がってるのだろう。


「……どうしようかな」


 去年なら、今頃は剣道場にいて竹刀を振っていた。

 喉が渇いてることにも気付かないまま没頭して……顧問に叱られて、はじめて水を口にしてたっけ?


 乾燥してざらざらになった口の中を思い出しつつ……静かに唾を飲み込む。

 今、リビングに行って水を飲んでも……水は、ただの水の味しかしないだろう。


 水が水の味しかしないなんて、当たり前のことだ。

 でも、あの時は――。


 もう思い出すことのできない水の味へ想いを馳せながら――つい、秋のことを考える。

 あの子は今、去年の私が味わったような水の味を堪能しているだろうか。


「……羨ましいとは、思わないけれど」


 夜のランニングまで、まだまだ時間がある。

 明日からもこの『剣道をやっていた筈の時間』に私は追われることになるんだろうな。

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