第204話 7月14日(……言われてみれば、その手があったな)

 放課後、駅構内のベンチへ一人で座って電車を待つ間……静かに考える。

 そして、今更ではあるけれど……夏休みは長い、ということに気が付いた。


 これまではずっと稽古に励んで剣道をしてきたから『夏休みはどうする?』と訊かれても迷うことがなかったのだ。

 しかし、今年の夏は違う。


 素足で剣道場の床を踏むことはない。

 竹刀片手に、暑苦しい防具を着ることもない。

 腕で拭ったそばから汗が垂れる中、外した面の開放感に清々しさを覚える夏は……もう、思い出でしかない。


「はぁ……」


 茉莉には『受験勉強をする』なんて話してみせたが、実際は刻一刻と近付く四十日間空白のスケジュールを前に頭を抱えていた。


(……茉莉に言われるまでは、野球部が勝ち進んでいけば応援に行くこともあるだろうとか考えていたけど、全国の決勝まで勝ち進んだとしても選手じゃない私には半分近い時間がただの空白だ)


 電車の到着を知らせるアナウンスを聞き流しながら、つい「夏休みか……」という独り言がこぼれてしまう。

 午前中に学校が終わって、長くなった放課後ですら持て余しているのに……四十日間なんて途方もなかった。



「アイスコーヒーでいいよな」

「ん。けど、氷は入れないで」


 結局、時間を潰すとなればココ彼の家が一番良い。

 冷房の効いた部屋へ通され、渡されたタオルで汗を拭くと、ようやく一息付けた。


 それから「おまたせ」と言って差し出されたグラスを受け取る。

 こくこくと喉を鳴らし始めたのも束の間……すぐに中身はなくなってしまった。


「おかわりは?」


 首を振ってすぐ「お昼は食べたのか?」と質問が続く。

 まだあまり空腹を感じていない頭で時計を見てから「お昼は家で食べる」と返した。


 ……いつもの時間だ。


 幼い頃から彼と二人の間に流れる、急かされない時間。

 部活も何もしていないという意味では、一人でいる時と変わらないのに……二人でいると、ほんの少しだけ負い目を感じなかった。


 一瞬、夏休みもこうして過ごせばいいのではないかと考えてしまう。

 でも、本当にほんの一瞬だ。


「ねぇ、夏休みって、何をしてました?」

「夏休み?」

「その、大学で……部活やってませんでしたよね? どうやって時間を潰してたのかなって」

「ああ、なるほど」


 短いやり取りで質問の意図が見抜かれてしまったらしい。

 まだ、グラスを返さなければ良かったと後悔する。

 手元にあれば、多少は表情が隠せたのに、と……。


「俺はバイトで時間を潰してたぞ」

「バイト……ですか」


 それは……悪くないアイデアだった。

 

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