第165話 6月5日◆頼まれたら首を振れない◆

「はぁ……土曜日休みの日だってのに俺達は練習か。なあ、これってどう思う?」


 気だるげな表情で、チームメイトの小塚こずか ゆうがぼやいた。


 俺はやる気のない奴が好きじゃない。

 正直、練習が嫌だとぼやくような奴は邪魔だと思うこともある。

 まして来月頭には大会の初戦が控えており、レギュラー争いも苛烈さを増すこの時期だ。

 『学校が休みの日に、なんで練習なんてしなくちゃいけないんだ』なんて台詞を吐くような奴は……傍にいて欲しくもない。


 なのに、裕に笑顔を向けるのは、こいつが誰よりも早くグラウンドに来て自主練をし……今も、バットを200回ほど振った後だからだ。

 やる気のない奴は嫌いだが……オンとオフが激しい奴は嫌いじゃない。

 むしろ、ガス抜きが上手い奴は尊敬しているくらいだ。


「どうって? 何がだよ」


 裕の隣で素振りをしながら訊ね返す。

 すると、裕は溜息を吐き「俺は女の子とデートがしたいんだよ!」と言った。

 ……まあ、その気持ちは今ならわからないでもない。


「だったら明日、誰か誘ったらどうだ? 練習も午前中までだしさ」

「バカ。俺に誘えるような女友達がいるかよ。それに、午後はスパイク見に行きてぇんだ」


 直後、ぴたりと静止する。

 今、俺は自分の頭上目掛けてバットを振り上げられたような気がしていた。


「…………ひょっとして、商店街の店か?」

「そりゃ、ここら辺ならあそこが一番だろ? なんかまた足がデカくなったのか知らねぇけど今の結構きつくてさ」


 裕は未だ留まることを知らない自分の成長期について聞かせて来る。

 しかし「こんだけ足がデカくなるならちんこも成長してると思うんだよ」なんて馬鹿話をした後で――、


「で、楠はどうすんの? 明日の午後、なんか予定ある訳?」


 ――と、訊いてほしくないことを訊いていた。


「……出掛けるけど」

「へぇ……誰と?」

「…………彼女と」 


 空気が凍ったのは言うまでもない。

 しかし、


「まさか九条さんか!」


 急に裕が大声をあげたかと思えば、なぜかこいつは九条の名前を出した!


「はっ? なんでそこで九条が出てくるんだよ!」

「だって、よく話してただろ!」


 九条――寄りにもよって彼女の親友を恋人だと誤解されるのはまずい。

 だから、このバカにもわかるように、


「向坂だよ! 俺の彼女は向坂智奈美だ!」


 と宣言したのだが……、


「なら、九条さんとは何でもないんだな!」


 何故だろう?


「頼む! だったら九条さんを俺に紹介してくれ!」


 彼女の親友をチームメイトへ紹介することになった。

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