第150話 5月21日(……雨、あがるかな?)

 電灯が照らすアスファルトのランニングコースは光を反射する程に湿っている。

 だが、手のひらを宙で受け皿にしてみると……夜空からは雨粒ひとつ落ちてこない。


(……晴れて良かった)


 つい口元が緩んだので彼に背中を向ける。

 それから、一人で黙々とストレッチを始めると――、


「いいのか?」


 ――彼が、背後からそんなことを訊ねてきた。


「何がですか?」

「いや、テスト終わったばっかりだろ? 今日くらいゆっくりして、走るのは明日からでも良かったんじゃないか?」


 一応、私を気遣っての発言だったみたいだけど……、


「はぁ……」


 ……余計な気遣いは、私の溜息を誘うだけだ。

 何もわかってないなと肩をすくめると、彼は怪訝な表情になる。


「……なんだよ」

「いえ……そういうの、完全に運動をしない人から出る発言だなと思いまして」


 身に覚えがあるのか、反論は返ってこない。

 私は、バツが悪そうにストレッチへと集中する彼を見て、


部活剣道をやってた頃は、ジャージも似合ってたのに……)


 なんて自分を棚に上げつつ考えてしまった。


「…………」

「ちな?」

「なんでもありません。それより、そろそろ走りませんか? 私、結構楽しみにしてたんです」


 元々、走るのが好きだった訳じゃないし『楽しみ』というのは大げさだったかもしれない。

 けれど、自分からやる気になっていた所へおあずけ中間試験を喰らって、フラストレーションめいた何かが溜まっていたのは本当だ。

 だから、私は彼を急かす形でスタート位置近くの電柱の傍に付く。


 すると、


「……今日、そんなに楽しみだったのか?」


 なんて、不思議そうな顔で彼が訊ねてきた。


「……? 何か変ですか?」

「いや、変じゃないけど……そうか」


 何故か、照れくさそうに彼が明後日の方向を見る。

 爪先を路面へ立てたまま、足首をぐるぐると回す彼は……とてもくすぐったそうに見えた。


「……何? どうかした?」


 ふと気になって口から疑問がこぼれた瞬間――悪戯心が芽生える。


「……ぼうっとしてますけど、今日走るのやめときますか?」


 からかう口元が笑みで染まるのも隠さずに彼を見つめると、


「やめるかっての」


 一見、強がりのような――余裕ぶった声と笑みが返って来た。


「言っとくけど、ちながテストやってる間も毎日三キロ走ってたからな。今日はバテずについて行くぞ」

「なら、今日は四キロ走ってみます?」


 直後、彼の顔から『余裕』という二文字が剥がれ落ちたのは言うまでもない。


 それからすぐ、私達は雨上がりの夜道を走り出した。

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