第146話 5月17日【違和感を覚える✕✕✕感情】

 下校中の電車内、茉莉は英単語帳に注いでいた視線を車窓へと向けた。

 サッシの上を滑っていく街並みは目まぐるしく、見ていて落ち着くものでもない。

 だが、茉莉は慌ただしい景色をモザイクアートでも眺めるみたいに受け流し……昨日した親友との会話を思い出していた。


(まったく。テスト期間中にランニングを始めたなんて言われた時はどうしてやろかとかと思ったけどさ)


 思えば、これまで茉莉には智奈美の恋路がどれほど不毛なものに見えていただろうか。


 彼は智奈美を異性として意識せず、年下の幼馴染みとしてしか見ない。

 しかも、今でこそ別れたが、年齢の近い彼女がいた。

 さらに、智奈美本人も彼に対して恋愛感情を自覚していない……という三重苦。


 失恋することはあれど、進展することはないと思っていた時期もあった。 

 だが、そんな二人が突然、夜に二人きりでランニングを始めたのだ。


「……ふぅ」


 安堵の滲む溜息が茉莉からこぼれる。

 彼女はドアにもたれ、肩の力が抜けるのを感じた。


(にしても……『ようやく一歩前進って感じじゃん』か。あれって、自分にも言ってたんだなぁ、あたし)


 呆れと祝福が混ざった親友への言葉。

 それは、智奈美を見守って来た茉莉自身にも向けた言葉だったのだろう。


 親友の恋に小さな芽が出た。

 茉莉は昨日のことなのに、思い出した途端それが嬉しくなってしまう。


 けれど、


(……っと、やばいやばい)


 今は公共の場にいるのだと思い出し、必死で緩んだ口元を結び直した。

 それに、智奈美の『恋愛感情』という不毛の大地に、種を蒔いているのは茉莉だけではないのだ。


(テストが終わったら、ちなはランニングを再開するけど……部活も始まるんだよね)


 楠が挑む夏の大会。

 それが、二人にどんなきっかけをもたらすかわからない。


(勢いで楠が告白して、ちながうっかり流されちゃわないとも限らないし……)


 と、そこまで考えて茉莉は違和感を覚えた。


(……楠とちな、付き合わない方が良いんだよね?)


 親友は彼が好きという前提があったからこそ、茉莉は考えてこなかったのだ。


(もしも、智奈美が楠のことを好きだって言ったら――あたしはどうしよう?)



『それってさ、ちーちゃんに依存してるだけじゃない?』



 不意に、彩弓さんから言われた言葉を茉莉は思い出す。

 茉莉はきゅっと唇を噛み――、


(あたし……なんでちなと楠に付き合ってほしくないんだろう?)


 ――窓に映る景色を見つめながら、答えの出ない想いと目が合った。


 




 

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