第140話 5月11日(何を話そうかなんて……)

 三限目が終わり、次は別教室での授業だった。

 教科書と筆記用具を携え、茉莉が待つ廊下へ出る。

 上靴でリノリウムの床を踏み、キュッと摩擦音が鳴った瞬間――、


(……あ)


「…………」


 ――視界の端に捉えた夕陽と目が合った。

 けど、どちらからともなく、自然に目線を逸らす。


「ちな、早く行こうよ」

「ん……ちょっと待て」


 私は茉莉と並び、二人で廊下を歩き始めた。


「それで? 今日も昼は楠と一緒?」

「ん、一応ね」

「ふーん……ねぇ、普通に二人で話してご飯食べてるだけなんだよね?」

「……そうだけど?」

「どんな話するの?」

「……どんな?」


 二人でした会話を思い返してみる。

 だが、取り立てて話すようなことがない。


「……部活とか、渚ちゃんの話」


 ぽつぽつと思い出しながら呟くと、茉莉が溜息を吐いた。


「……何?」

「いや、デートに誘われたりとかしないの? って」


 呆れた様子の親友に向かって肩をすくめてみせる。


「来月には地区大会。今、そんな余裕ある訳ないでしょ?」

「あ、そっか。もうそんな時期なんだ」


 そう。

 だから、真面目に部活をやってる楠からこの時期にデートへ誘ってくるとは思えない。

 それに……、


「そもそも、こんな大事な時期にデートに誘ってくるような奴……好きになんてなれないし」


 そう思うでしょ? と、同意を求めて茉莉へ向き直ると……何故か彼女は再び溜息を吐いていた。


「……何で?」

「別に? 相変わらずめんどくさいなって」

「そう?」

「そうだよ。それに、部活サボってまで誘ってきたならともかく、向こうだって休みがない訳じゃないんでしょ? 休日に誘われたらどうするの?」


 「それは……」と言い淀んだところで目的地に着いてしまった。


「じゃあ、また後でね」

「……ん」


 席が離れているため、一旦茉莉とは別行動になる。

 私は一人で席へ座るなり、茉莉の背中を目で追い――、


(やっぱり、楠がデートに誘って来るとは思えない)


 ――そう、心の内で呟いた。

 しかし、このまま楠と食事をしているだけではらちが明かないのも事実だ。


(いっそ、マネージャーになれば……違った角度から楠のことを見れたりするのかな?)


 つい、そんなことを考える。

 だけど、すぐ脳裏に秋の顔が過ったのでやめた。


「…………」


 私は思考を切り替え、この後、楠と話す内容について考え始める。


 でも、わざわざ何を話そうか考えるのも、変な話だ。

 無言でいても平気な人との距離感を知っているせいか……私は今、楠との関係に違和感を覚えていた。

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