第138話 5月9日【似てない同士の共通点】
固い表情でインターフォンを押した茉莉を、彩弓はにこやかに出迎えた。
「あれ? 珍しい。九条ちゃん、一人で来たの?」
穏和な声で紡がれた言葉からは、警戒心が窺える。
だが、
「今日は、彩弓さんに文句があって来ました」
彩弓は自分を真っ直ぐに見据えながら告げた茉莉へ向かって、自然と口元が緩んだ。
「わかった。いいよ、聞いてあげる。あがりなよ」
彩弓が親しい者にだけ使うやわらかい声。
いつの間にか彩弓の警戒心が解けていたことを不思議に思いつつも、
「……お邪魔します」
茉莉は、彩弓の誘いに応じた。
◆
「珈琲と紅茶、どっちがいい?」
「……紅茶で」
「ミルクと砂糖は?」
「いただきます」
ぴんと張りつめた態度を取る茉莉を見て、彩弓の口元にまたも笑みが滲んだ。
「九条ちゃんは苦いの苦手?」
「はい」
「へー? ちーちゃんとは違うね」
突然親友と比べられ、茉莉が眉を
直後、
「それで? 文句って?」
彩弓から本題を話すよう促され、結んでいた唇がほどけた。
「楠とちなのことです。これ以上、二人に余計なことを吹き込まないでください」
「私、結構いい助言してない? それにどっちかを焦らせるような悪い話もしてないよ?」
告げられた言葉に、茉莉は胸の内で頷く。
彩弓がまだ余計と言える程のことをしてないことは茉莉も理解していた。
けれど、
「そうですね……でも、彩弓さん、焦れてますよね?」
それでも話をしに来たのはそうなる前に止めたかったからだ。
「ちなも楠も、ゆっくり自分の早さで想いを育てられるから……だから、余計なことしないで」
「……私が口を出して、楠君がフラれるのが嫌?」
「違います。別に、楠が告ってフラれるのはいいんです。ただ、友達をあなたのわがままに付き合わせる気がないだけ」
「……へー?」
茉莉の言葉を受けて、彩弓は唇を歪めた。
「九条ちゃんは、楠君が好きなの?」
「……違います」
「じゃあ、ちーちゃんのことが好きなんだ」
「……だったら、何なんですか」
彩弓を見つめ返す茉莉の肩が、警戒心で揺れる。
直後、
「それってさ、ちーちゃんに依存してるだけじゃない?」
「——っ!」
たった一言で、茉莉は自分の心をひどく安価に値踏みされたと思った。
「それは……あなたも一緒でしょ」
茉莉がようやく絞り出した返答を彩弓は無言で受け止める。
そして、
「……帰ります」
急いで紅茶を飲み干した茉莉が帰ると、
「今のは……大人げなかったかな」
反省の色が見えない独り言を彩弓はぽつりと呟いた。
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