第126話 4月27日【動き出すな純情、沈んでしまえ失恋歌】

 深刻な姉離れが進む中、今も習い事の送り迎えは続いている。

 電車を降りた茉莉が最初に思うこと、それは『こんな遅くにまだ陽菜を一人で帰らせられない』だった。

 しかし、妹を過保護に心配する彼女には他の悩みもある。

 それは親友の恋路――智奈美を取り巻く環境の変化だった。


(本当に、別れたんだよね。彩弓さん)


 茉莉は俯き、ぼぅっと街灯が照らす夜道を眺めて歩く。

 彼女は先日会った彩弓の笑顔を思い出し『なんで?』と考えていた。


(なんで彩弓さんはあんなに笑ってられるの? 普通、自分が別れる原因になった子を好きなままでいられる?)


 失恋を経験したことがない茉莉には、考えても答えは出せない。

 だが、そんな彼女にも一つハッキリと言えることがあった。


(やっぱり、ちなは彼と恋をするべきだ)


 心情が理解できずとも『彩弓は智奈美のために身を引いた』ということはわかる。

 なら、智奈美は彼との初恋を彩弓さんのためにも成就させるべき……それが茉莉の考えだ。

 けれど、このままゆっくりと誰にも邪魔されず親友の恋が実る――、


「……九条?」

「……楠」


 ――そんなことある訳ないと、彼女は予感していた。


「何してんだよ?」

「……妹のお迎え」


 『楠は?』と訊こうとして、茉莉は口を閉ざす。

 相手の恰好を見れば部活帰りだとわかったからだ。

 それに、


(わざわざ話すこともないか)


 彼女にとって、楠は妹よりも優先順位がかなり低い。


「それじゃ、あたし急ぐから」

「え? お、おう」


 楠も茉莉を止めようとせず偶然の出会いはそこで終わり……に、なる筈だった。

 

「あ! 九条ちゃんじゃん! どしたのその男子、もしかして彼氏?」


 既に聞き馴染み始めた声――振り向いて確認するまでもない。


「……彩弓さん」


 茉莉はげんなりとした声で彩弓に応えた。

 そして、すぐさま誤解を解こうとする。

 隣にいるのは彼氏でも何でもないと。

 しかし、


「あの、俺は九条の彼氏じゃないです。他に好きな人がいますから」


 茉莉よりも早く、楠が力強い声で関係を否定した。

 きっと、それが良くなかったのだ。


「へぇ……そうなんだ?」


 彩弓の口元に笑みが浮かぶ。

 この笑顔が何を指すのか、茉莉は瞬時に察した。


 茉莉に友人と呼べる者は少ない。

 そんな茉莉の周りにいる男が好きな人がいると言う……それが誰を指すのか、察せない彩弓ではなかった。


「それって、もしかしてちーちゃん?」


 やはり、このままゆっくりと誰にも邪魔されず親友の恋が実る……そんなことはなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る