第116話 4月17日(……何ここ? 逆にコワイ)

「ちーちゃん、こっちむいて」


 彩弓さんの声は笑いを堪えているせいで震えている。

 そして、


「ほら、もっとこう――ぎゅって感じで!」


 私は……巨大なクマのぬいぐるみを抱き締めながら、カメラに向かい

 そう、笑っていたのだが、


「……なんで、ぬいぐるみカフェなんですか」


 次第にレンズへ向けた視線が鋭くなり、思わず力んでしまう。

 抱いているクマの首がだんだんと締まり始めた。

 しかし、ぬいぐるみの安否など気にせず、彩弓さんはシャッターを切る。


「んー? だって、って」


 それは、どこかで聞いたような台詞だった。


「歪んでますよ、それ……」


 ぼそりと呟いた途端、彩弓さんは声をあげて笑い出す。


「私もそう思うよっ」


 ……なんだっていうの?


「……もう、いいですよね?」


 抱かされていたぬいぐるみを隣へ座らせると、いかにも嘘っぽい悲鳴があがった。

 当然、相手にはしない。

 その後、彩弓さんの隣で座る彼に、


「ねぇ、メニュー取って」


 と、愛想なく頼んだ。


「ほら」

「ん」


 だが、受け取る瞬間、彼から父兄染みた生温かい雰囲気がして首を傾げる。


「……何?」

「いや、おもしろいもんが見れたなと」


 童話の世界みたいな可愛らしい店内に、とびきり大きな舌打ちが響いた。

 でも、そんなの気にするのは店員くらいだ。


「ほら、この写真見てみ? 最初の方のまだ素直に笑っててくれたちーちゃん」

「ふっ――」


 彼が吹き出した瞬間、ぬいぐるみを抱いていなくて良かったと心底ほっとした。

 でなければ、今頃クマの頭と体は分離していたに違いない。

 いや、むしろ彼の頭と体をするべきでは? なんて思い始めた時、


「……ようやく、こういう顔もできるようになったな」


 まるで、私が目の前にいることを忘れたように……彼は呟いた。

 ぬいぐるみへ触れた時に感じたような、柔らかな声。

 否応なく――ああ、心配を掛けていたんだと、胸が締め付けられる。


 だけど、同時に……ひどく、彼にこども扱いされていると感じて、腹が立った。


「…………」


 いつの間にか、私はメニューで彼が視界へ入り込むのを遮っている。

 しかし、


「やばっ――思い出した!」


 彩弓さんの声につられ、ついメニューから顔を覗かせてしまった。


「三人で写真撮るんだったね」


 そう言うなり歳の離れた友人は立ち上がり、


「え?」

「ほら、行くよ。あっちに撮影スペースあるって!」


 嬉しそうに微笑んで、私達の手を引いたのだった。

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