第98話 3月30日(それに、自転車だと少し遠いし……?)

 退部したことをまだ両親に話していない。

 祖父に話したことで、そこからバレるかもしれないが……いや、もうここまで来ると本当に二人が気付いていないのかもあやしい。

 実は全てを知った上で、何も言わずに優しく見守ろうとしているのではないか?

 だとしたら、こんな生活は続けていても父と母に心配をかけるだけかもしれない……。


 まあ、ここまで来たら私も意地だ。

 自分からやめることはないのだけれど。


 それに、こうして肩肘を張っていないと……途端に生活がだらしなくなる予感があった。


 だから、私はまだ親にバレていないていで窮屈な春休みを謳歌する。

 本当なら部活へ行っていた時間に彼の家を訪ねるのもその一環だ。

 現状、彼の家は最も使いやすい避難所シェルターとして機能していた。


 ――自宅から近く、無料で珈琲を飲めるこの便利な場所にも……一つ問題が浮上する。


「ねぇ……新しい本ある?」


 これまで部活に捧げていた時間のほとんどを読書へあてた結果、


「いや、ないぞ?」


 彼の家にあった本棚を私は約半年で制覇してしまった。

 元々、彼の蔵書もあまり多くはなかったのだけれど。


「ここの本がなくなったら、明日からどうやって時間を潰せばいいんですか?」

「勉強でもしたらどうだ? ちな、今年受験生だろ」


 直後、口から深い溜息が漏れた。


「はあ……明日から『暇』とか『退屈』と仲良くしなきゃいけないんですね。今から相性診断でもしてみせましょうか?」


 スマホでてきとうに無料の相性診断アプリを検索し、『智奈美 暇』と打ち込む。

 すると、彼は呆れながら肩をすくめた。


「どうせなら『受験』とか『勉強』でやったらどうだ?」

「そんなの診断するまでもなく悪いのはわかってるんですよ」


 不愛想に唇が尖っていく中、やりたくもなかった診断をやめる。

 スマホを優しく放り投げると、私は行儀悪く脱力してソファにもたれかかった。


 だらしなく放り投げた手足……指先は空気が抜けた風船のようにしなだれる。


「なら、図書館にでも行ったらどうだ?」


 本格的に私が暇なんだと悟ったらしい彼から、なんとも魅力の乏しい提案を受けた。


「……近くの図書館は置いてる本が少ないですよ」


 部屋の隅へ向けていた視線を彼に合わせる。

 一瞬、彼はきゅっと結んでいた唇を歪めた。

 だが、しばらくもせず、


「はあ……」


 、観念したように溜息を吐き、


「わかった。遠い方の大きい図書館まで車で連れてくよ」


 、私が頼んでもいない約束を口にしたのだった。

 

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