第31話 1月22日(野球部だ……)

 放課後とはいえまだ陽も高い。

 白球を追う球児達の白い練習着は夕陽に染まることなく、土埃でブチ猫みたいになっていた。


 そのせいだろうか?

 たくさんいるブチの中から楠を見つけた時、つい『』と思ってしまう。


「……」


 大勢の部員に混じって、楠は黙々と素振りをしていた。

 野球を知らない私でも、素振りがどんなかは知っている。

 だから、練習に打ち込む姿を見て……少し嬉しくなった。


 成り行きとは言え、手作りのブローチをあげたのだ。

 どうせなら部活をがんばっている人にもらわれた方が嬉しい。


 そうやって、部活に励む楠へ好感を抱いていると、


「ちな、楠のことどう思う?」


 突然、茉莉に訊ねられ――


「……がんばってると思うけど?」


 ――と、質問の意図を深く理解せず、気のままに答えていた。


「でも私、野球ってよく知らないし」

「そっか……そうだよね」


 頷いてため息を吐いた親友の横顔は、何故か安堵しているように見える。


「……茉莉?」


 直後、茉莉は一呼吸挿むと、むずがるように質問を訂正した。


「じゃあさ、楠のこと……かっこいい、とか思ったりする?」


 ……かっこいい?


 すぐさま茉莉から目線を逸らし、グラウンドに向き直る。

 質問された意図は曖昧なままだったが、まず楠の容姿を再確認しようとしたのだ。

 だが、今度はたくさんいるブチの中からすぐに楠を見つけられず、


「……」


 ……自然と、目線は茉莉へと戻った。


「……楠がかっこいいかは、よくわからないけど」

「……うん」

「部活を――ううん。好きなことを一生懸命にがんばる人は……すきかな」


 この答えが、茉莉の聴きたかったものかはわからない。

 けれど、


「……そっかあ!」


 にこっと歯を見せる茉莉の笑顔に――つられて口元が緩んだ。


「あーあ、あたしも何か部活やってれば良かったかな?」


 茉莉の長い髪が、子犬のしっぽみたいにふりふりと揺れる。


「どうしたの、急に?」

「だって、好きなんでしょ?」


 彼女は後ろ手に上目遣いで、悪戯っぽくこちらの顔を覗き込んだ。

 その子どもっぽい仕草と言葉に――陽菜ちゃんの姿が思い浮かぶ。


 だから、


「部活なんてしなくても、茉莉は好きなことを一生懸命やってるでしょ?」


 彼女はいつも、大切な人のために一生懸命がんばっている、と。

 その姿を私は知っていると伝えたくて、そう告げた。


 でも、


「そう、なのかな……」


 陽が落ちたように、茉莉の表情は陰る。


「そうだと、いいな」


 寂しげに笑う口元はどこか、放課後の夕焼けを思わせた。

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