23‐6.航空保安部の軍用孔雀さんです



「お久しぶりねリッキー君っ。元気だったっ?」

「あんたがくるまでは最高に元気だった」

「はぁっ、相変わらずクールねっ。そんなあなたも可愛いわっ」

「用件はもう済んだでしょ? さっさと帰ったら?」

「何を言っているのっ。確かに仕事はひと段落したけど、航空保安部の救援チームが到着するまでは、万一に備えて隊員が常駐しないといけないんだからっ。あっ、勿論リッキー君が相手なら、私はいつでも傍にいるけどねっ」

「迷惑だから止めて。ていうか、シロちゃんに何するつもりだったの。めっちゃ怯えてるんですけど」

「えっ、嫉妬っ? もしかしてリッキー君、シロちゃんに嫉妬してるっ?」

「は?」

「大丈夫よっ。確かに私はシロちゃんの可愛さに心狂わされたけど、この世で一番可愛いと思っているのはリッキー君だからっ。安心してっ」

「……相変わらず話通じないなぁ。だから嫌なんだよ」



 ちっ、と舌打ちするリッキーさんに、わたくし、ドキドキが止まりません。

 こんなに荒々しいリッキーさんを見るのは初めてです。いつもの笑顔が鳴りを潜めているのもあり、非常に緊張すると申しますか、別人のようでどうしたら良いのか分かりません。

 普段怒らない方が怒ると怖い、という話がございますが、正にです。思わず身を固くしてしまいます。



 微動だにせずリッキーさんに抱えられていると、ふとわたくしの背中を、ハーネス越しにどなたかが優しく叩いて下さいました。



 見れば、リッキーさんの手が、わたくしをあやすように揺れているではありませんか。



 お顔を窺えば、依然嫌悪と苛立ちを浮かべておりますが、わたくしに触れる掌は非常に穏やかです。

 いつもと同じ、とまでは申しませんが、それでも、いつものリッキーさんを彷彿とさせる仕草に、ほっと息を吐き出します。強張っていた体からも、少し力が抜けました。



「百歩譲ってここにいるのは構わないから、取り敢えず百歩後ろに下がってくれる? 大股で」

「駄目よそんなのっ。そんなに離れたら、いざという時リッキー君を守れないじゃないっ」

「あんたに守られる程弱くないから。ついでに、木か岩の後ろで待機しててよ。それならここにいるの許してあげる」

「あっ、これが属に言うツンデレという奴ねっ。離れていろと言いながらも、傍にいることを許してやるだなんて、つまり私と一緒にいたいってことでしょうっ? もうっ、リッキー君ったら素直じゃないんだからっ」

「その耳どうなってんの? 一回入念に検査して貰いなよ。ついでに頭も」



 リッキーさんのお顔に、嫌悪と苛立ちに加え、明確な怒りも浮かび始めました。ぎちぃ、と歯噛みする姿は、正直怖いです。図らずとも、シロクマの耳が伏せてしまいます。




 そんなわたくしに気付いたのでしょう。

 リッキーさんは、わたくしを隠すかのように、己の背後へと回しました。



 すると、どなたかに、ひょいっと抱えられます。

 アルジャーノンさんでした。



 アルジャーノンさんは、しー、とばかりに口へ指を当ててみせると、すぐさまわたくしを、ご自分の背中へ回します。かと思えば、また背後で待機していた班員さんに、わたくしは受け渡されました。そうして、バケツリレーの如く、次々に違う方の元へ送られます。



 最終的にわたくしが辿り着いたのは、椅子代わりに使っていた流木の影でした。




「……いいか、シロ」



 シロクマリレーのアンカーを務めたレオン班長が、わたくしの頭を撫でます。



「ここで静かにしてるんだぞ。絶対に出てくるなよ。いいな」



 そう言ってリードを流木の下へ挟み込むと、レオン班長は足早に離れていきました。未だ言い合っているオリーヴさんとリッキーさんの元へ向かいます。




 わたくしは首を伸ばし、流木越しにこっそりとオリーヴさんを窺いました。わたくしの不在に気付いている様子はありません。リッキーさんが注目を集めて下さっていることは勿論ですが、班員さん達も我が身を盾代わりにして、わたくしをオリーヴさんの視界から隠してくれているようです。ありがたい限りです。

 わたくし、あのままではどうなっていたことか。危うく特殊な趣味に付き合わされる所でした。自ずと安堵の息が、はふんと零れ落ちます。



 すると、視界の端で、ふと何かが動きました。

 わたくしは、何の気なしに振り返ります。




 途端、太陽の光を浴びて輝く、青と緑の美しい羽が、目に飛び込んできました。その背には、鞍と手綱が装着されています。



 オリーヴさんが乗っていた、航空保安部に所属している孔雀さんです。



 孔雀さんは、黒目がちな瞳を緩めると、穏やかに瞬きました。




『ご機嫌よう、お嬢さん』



 頭に生えた冠羽かんうを僅かに揺らしつつ、わたくしに微笑み掛けて下さいます。

 掠れ気味の声が、何とも言えずセクシーです。小首を傾げる姿も、非常に決まっていると申しますか、計算され尽くした仕草と申しますか、例えるならば、一枚の絵画でも見ているかのような、そんな麗しさを放っておりました。心なしか、良い匂いもしてきます。



 あまりのオーラに、わたくし、圧倒されてしまいました。孔雀さんを見上げたまま、呆然と固まります。

 それでも、どうにかご挨拶をしなければと、おずおずと口を開きました。



『ご、ご機嫌よう……』



 これまで一度も使ったことのない挨拶が、わたくしの喉からか細く絞り出されます。



『あぁ、すまないね。いきなり声を掛けたから、驚かせてしまったかな?』

『い、いえ、大丈夫です。はい』

『そう。なら良かった』



 くすりと喉を鳴らすと、孔雀さんは、わたくしの傍へとやってきました。一歩一歩足を進める様は酷く洗練されており、まるで一本の線の上を歩いているかのようです。

 優雅に揺れるお尻の飾り羽につい見とれていれば、孔雀さんは、徐に片足を引きました。軽く膝を曲げ、頭をゆったりと下げます。



『初めまして、シロクマのお嬢さん。ボクの名前はロビン。航空保安部に所属する軍用孔雀さ。どうぞお見知りおきを』

『あ、こ、これは、ご丁寧に、ありがとうございます。わたくしは、シロクマの、シロと申します。特別遊撃班の班長に飼われている、ペットです。こちらこそ、どうぞ、お、お見知りおきを』



 見様見真似で、わたくしも後ろ足を片方引きつつ、頭を下げました。明らかにぎこちない、いっそ無様と言える仕草ですが、孔雀さん、改め、ロビンさんは。



『シロ君か、素敵な名前だね。それに、孔雀式の挨拶がとても上手だ。嬉しいよ。ありがとう、小さなレディ』



 と、それはそれは優しく目を細めて下さったのです。



 この時、幻聴かもしれませんが、わたくしの心臓から、キュンと高鳴るような音がした気がします。玩具の弓矢で打ち抜かれたが如き衝撃も、走ったような感覚がありました。

 思わずよろけてしまいますが、咄嗟に足を踏ん張り、事なきを得ます。



『おや? どうしたんだい、シロ君?』

『い、いえ、何でもございません』



 シロクマの耳をぴこぴこと揺らし、どうにか笑みを返しました。

 ロビンさんは、


『そうかい? もし体調が悪いようなら、無理せず休んでおくれよ』


 と気遣わしげな視線を向けて下さいます。なんて紳士的な方なのでしょう。



 いえ、ロビンさんは、そもそも紳士なのでしょうか?

 男性にしては体格が小さい気がしなくもありませんが、かと言って女性のわりには大柄です。羽の色も、男性の中では少々控えめですけれど、女性と言うには鮮やかすぎます。お尻の飾り羽だって、男性の平均的な長さとボリュームには届かないながら、女性の平均よりは遥かに立派です。喋り方や声質も、性別不詳としか言いようがありません。




 ですが、何故かロビンさんを見ていると、男装の麗人やら、女の園やら、トレジャーマウンドのトップスターやらという言葉が、わたくしの頭に浮かぶのです。




 そして何故か、女性の軍用孔雀さん達と共にラインダンスを披露した後、立派な飾り羽を広げながらスミレの花の歌を歌っていらっしゃる光景が、わたくしの頭の中にありありと浮かぶのでした。




 不思議です。実際に見たことなどないというのに、あり得ないと思うどころか、至極自然なことと受け入れている自分がおります。そのような夢でも以前見たのでしょうか? 分かりませんが、兎に角わたくしの勘が、ロビンさんは女性なのではないかと、そう囁いています。男性よりも紳士的な女性です。あまりの麗しさに、ロビン様とお呼びしたくなるような、そんな高嶺の花なのです。

 そうであって欲しいと、わたくしは思います。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る