一周年記念番外編 もしもシロがシロクマの獣人だったら①
わたくしの名前はシロ。シロクマの獣人の赤ん坊です。
わたくしは現在、ドラモンズ国軍の海上保安部に所属する班の一つ、特別遊撃班の専用船に乗っています。
何故赤ん坊が国軍の船に? と思われるかもしれませんが、単にわたくしの養い親が、特別遊撃班の班長さんだからです。ですので、養い子であるわたくしも、こちらでお世話になっていると、そういうわけです。
わたくしの養い親は、レオン班長と言います。裏社会を牛耳るマフィアのボスもかくやの強面ですが、その実中身は非常に温かい方なのです。見ず知らずの赤ん坊を、何の見返りも求めず育てて下さっています。
レオン班長だけではありません。特別遊撃班の班員さん達も、素敵な方々ばかりです。外見は少々やんちゃですし、口調も些か乱暴ですが、一度たりとも怖いと思ったことはありません。子供好きで、仲間思いの、素晴らしい人達です。
そんな皆さんに見守られつつ、すくすくと成長したわたくしは、先日、ようやくハイハイが出来るようになりました。
今思い出しても、それはそれは凄まじい騒動でした。
まずリッキーさんが全体放送で
「大変だぁーっ! シロちゃんが、ハイハイしたぞぉぉぉーっ!」
と告げます。
すると、そちらを聞き付けた班員さん達が集まり、四つん這いで歩くわたくしを囲んでは褒め称えました。
記念撮影も行われ、何度目かのアンコールを終えた後、わたくしの成長を祝した宴が開かれます。それも、三日三晩です。正にお祭り騒ぎでした。
お陰で皆さん、横一列に正座をさせられながら
「食料を無駄に消費しないで下さい」
とパトリシア副班長に怒られました。
ついでに、
「そんなにハイハイが見たいのならば、存分に見せてあげましょう」
と、レオン班長達の痺れ切ったお膝の上を、わたくしにハイハイで横断させるという拷問も行われます。
苦悶しつつもわたくしを落とさないよう注意する姿には、なんだか申し訳なさを覚えました。反面、パトリシア副班長に叱られてまでわたくしの成長を喜んで下さったのは、とても嬉しかったです。
ですので、日頃の感謝も込めて、皆さんへ今一度喜びをお届けしたいと、そう考えました。
その為に、わたくしは本日も赤ん坊らしく
「ぷやぁー」
と
「シロちゃんは今日も元気だねぇ」
柵の中で作業を行っていたリッキーさんが、ラボ内を練り歩くわたくしを振り返りました。微笑ましげな眼差しに、わたくしのお顔も自ずと緩みます。
「あぶ、あぶぅー」
と声を上げつつ、リッキーさんが入っている柵の傍まで、這いずっていきました。
「あ、シロちゃんきてくれたのー? もしかして、これが気になる感じかなー?」
リッキーさんは縫い針を置き、制作中のベビー服を見せてくれます。肌に優しそうなガーゼ生地で出来た、ピンク色のロンパースです。
「ここにねぇ、これからリボンを付けようかなーって思ってるんだけどさぁ。シロちゃんは、赤いリボンと白いリボン、どっちがいいと思う?」
と、赤と白のリボンを両手に持ち、それぞれベビー服へ当てていきます。
その様子を、わたくしは柵の隙間から眺めました。成程、どちらも素敵ですね。流石はリッキーさんです。独特ながら秀逸なセンスを持っていらっしゃいます。
「んー、むぁ」
どちらのリボンを付けても素敵な仕上がりになると思いますが、個人的には白い方が好みでしょうか。そんな気持ちを込めて、白いリボンへ手を伸ばします。
「あ、やっぱりこっち? 俺も白がいいかなーって思ったんだぁ。了解でーす。じゃあ、こっちの白いリボンを付けるねー」
ありがとー、とわたくしの頭を一撫ですると、リッキーさんは針仕事を再開しました。淀みない滑らかな手付きで、リボンを縫い付けていきます。相変わらず鮮やかな腕前です。何度見ても感心してしまいますし、見ているだけで楽しくなってきます。
わたくしは、リッキーさんの正面へハイハイで移動し、その場へお座りをしました。柵の間へお顔を嵌め込みつつ、リッキーさんの手元をじっくりと観察します。
「だーぅ」
お上手ですねぇ、という気持ちを込めて声を出せば、そちらに反応したリッキーさんが、お顔を上げました。
途端、表情を綻ばせます。
「わぁー、なにーシロちゃーん。柵に掴まってて可愛いねぇー。囚われのお姫様みたいだねぇー」
リッキーさんは、小型撮影機を取り出すや、レンズをわたくしへ向けました。カシャーッ、カシャーッ、と何度もシャッター音を立てます。非常に楽しそうで、わたくしもついつい笑顔になってしまいました。
ですが思うに、囚われているのはどちらかというと、わたくしではなくリッキーさんなのではないでしょうか。事実、柵に入っているわけですし。
そんなことを考えつつ、撮影に応じていると。
「……んー?」
不意に、廊下から足音が聞こえてきました。
リッキーさんはお顔を上げ、壁掛け時計を確認します。
「あ、もう一時間経ったのかぁ。早いねぇ、シロちゃん」
そう呟いたのとほぼ同時に、ラボの扉が開かれました。
現れたのは、わたくしの養い親である、レオン班長です。
「やっほー、はんちょ。一時間ぶりー」
ひらりと手を振ると、リッキーさんはわたくしへ微笑み掛けます。
「ほらシロちゃん、レオンパパきたよー。いらっしゃーいって言ってあげてねー」
勿論ですとも。わたくしは、お出迎えの気持ちを込めて、
「あぷぅ」
とレオン班長を見やりました。
すると、お返事をするかのように、ライオンさんの尻尾が揺れます。普段から鋭い目付きも、ほんの少し優しく緩みました。
レオン班長は毎日、およそ一時間に一回のペースで、わたくしに会いにきて下さいます。休憩がてら様子を見に、という意味もありますが、主にはおむつのチェック及び交換の為です。
と、申しますのも。レオン班長は、自分以外の男性がわたくしのおむつを変えるのを、許せないのだそうです。どうしても手が離せない時でも、女性の班員さんに代打を頼む徹底ぶりです。
まぁ、こちらの特別遊撃班には、シロクマ獣人の赤ん坊を女として見るタイプの上級者や、シロクマ獣人の赤ん坊のお尻に異様な執着を見せる上級者がいますからね。用心に越したことはないのでしょう。
ですが、困ったこともございます。
レオン班長は、一度わたくしの元へやってくると、中々お仕事へ戻らないのです。限界まで時間を引き延ばしては、わたくしと戯れます。お陰でパトリシア副班長がご立腹です。度々呼び出しの通信が入っては、
「いい加減にしないと、二度と執務を手伝いませんよ」
と脅されています。
可愛がって下さるのは嬉しいのですが、周りにご迷惑を掛けてはいけませんよ、レオン班長。お仕事はきちんとこなして下さいね。
さて、わたくしのおむつ事情はさておきです。
丁度レオン班長もきたことですし、ここは一つ、例のあれをお披露目するとしましょう。
わたくしは、近付いてくるレオン班長からお顔を背けます。目の前にある柵を両手で固く握り、気合の鼻息をふんと吐きました。
そして、どっこいしょ、とばかりに声を上げ、足に力を入れます。
ずいっとお尻を後ろへ突き出し、下がった頭を柵に押し付けました。そのまま一度止まり、バランスを取ります。足の力も入れ直して、柵を掴む手を、少しずつ上へと移動させていきました。体も少しずつ伸ばし、仕上げとばかりに、足の裏で床を押します。
よし、と内心拳を握りつつ、わたくしは、ゆっくりとラボの出入口を振り返りました。
レオン班長が、目をかっ開いております。
ライオンさんの耳と尻尾も、ぴーんと立ち上がっていました。
どうやら、相当驚いている模様です。うふふ。
「シ、シロちゃんが……シロちゃんが……っ」
柵の中に入っているリッキーさんも、目と口を丸くしました。わなわなと震えたかと思えば、勢い良く柵を飛び越えます。そのまま壁に埋め込まれたコントロールパネルの元へ突撃し、ピピピッと素早くボタンを押していきました。
そして、大きく息を吸い込むと。
「皆ぁぁぁーっ! た、大変だぁぁぁぁーっ! シロちゃんがっ、シロちゃんがぁっ、立ったぞぉぉぉぉぉぉーっ!」
景気良く、全体放送を流しました。
途端、船内の彼方此方から、
「な、何だってぇぇぇーっ!」
「シロが、立っただとぉっ!?」
「こうしちゃいられないよっ!」
という叫び声と、何かがひっくり返ったりぶつかったりする騒音が上がります。次いで、地響きにも似た足音が、ラボに押し寄せてきました。
いえ、いっそ地響きです。
あまりの揺れ具合に、わたくし、思わずバランスを崩してしまいました。
ぽてんとお尻から着地したと同時に、ラボの扉が弾けるように開きます。
特別遊撃班の班員さんほぼ全員が、なだれ込んできました。
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