第十九話 高校三年順子、盗撮
分銅屋で和服姿の節子と佳子がダベっていた。女将さんは、同窓会とかで外出、佳子の他に客はいなかった。佳子は今日は楓ばりのスポーティーなアメカジだ。佳子はヤンキーではない普通の高校生の彼氏ができたようだ。落としていた眉も生え揃ってきて、付けまつ毛もなく、ケバい化粧も控えている。普通のカワイイ高校生に見える。
「で、新しい彼氏とどうなんだい?」と節子は板場で料理を仕込みながら佳子に聞いた。
「普通の高校生活っていいもんだよ。もう普通。手をつないでさ。腕にすがりついて胸を押し付けると相手が照れちまってよ。この前はディズニーランドに行った」
「ディ、ディズニーランド?おまえが?」
「うん、『美女と野獣』のテーマパークに行って、ディズニー・ライト・ザ・ナイトを見て、エレクトリカル・パレードで彼氏に好きです、付き合って下さいって告られた。それでチュ~された」と真っ赤になって佳子は下を向いた。
「おいおい、佳子、美久ネエさんの病気が感染っちまったんじゃないか?真っ赤になって照れるな!もうおまえ、絶対におかしい!」
「だって、彼氏が可愛いんだもん。もう、食べちゃいたい!」
「おい、彼氏に元ヤンだって言ったか?処女じゃないって言ったか?」
「うん、正直に白状したよ。彼は信用しなくってさ、私が元ヤンとか処女じゃないってのを。でも、よぉ~く説明して、信用してくれて、それでも好きです、お付き合いして下さいって言われて・・・」
「やれやれ。まあ、お幸せならよおござんす。相手が知っての上なら上等だよ。美久ネエさんのお嬢様姿には負けるけど、よく化けてるよ、佳子」
「節子に言われたくないなあ・・・その和服姿で『いらっしゃいませ』とか小首をかしげてやってくれちゃうと調子が狂うよ、私も。って、何を作っているのさ?」
「ブリ大根。少しずつ女将さんに習ってるんだよ。料理が好きになってきたね。佳子、食べるかい?味見させたげるよ」
「ビールを飲みたくなるじゃないか?怒られっちまうけど」
そこに南禅と羽生が暖簾をくぐって入ってきた。「おばんです。あれ?女将さんは?」と南禅が聞く。「女将さんは今日は同窓会で留守です。私が代理女将です」と節子が言う。「そうか。節子がねえ。だんだん板についてきたじゃないか?佳子は今日は楓ちゃんみたいだな?ヤンキー娘がフレンチになって、今度はアメカジかい?北千住はコスプレ天国だね」と南禅。「ひっどいなあ、南禅さん」と佳子がむくれる。「褒めてるんだよ。って、節子が料理か?」と南禅。
「女将さんに習ったぶり大根を作ったんですよ。今、佳子に味見するか?って言ったとこです。こいつ『ビールが飲みたくなるよ』なんて未成年なのにね」と節子。
「いいんじゃないか?未成年だけで酒盛りするのは感心しないが、私と羽生くんがいるんだから。私だって、16才からビールくらい飲んでたよ・・・ちょっと強いのも多少な。節子、ビール二本おくれ。グラスは三つだ・・・いや四つだ。私たちにもぶり大根、味見させてくれよ」
節子はぶり大根をお鉢に大盛りにして、取り皿をみんなに渡した。どれどれ?と箸をつける。「お!女将さんと同じ味だ!うまいじゃないか?節子!」と羽生が言う。「うん、おいしい」と南禅と佳子も舌鼓を打つ。「よかったぁ、女将さんの作っているのを見て、練習したんですよ。ブリもさばき方から見様見真似でやってみたんです」と節子。「おい、節子。こりゃあ、節子に店任せて、女将さんはまた大学院に戻ればいいんじゃないか?」と羽生が言う。節子は満更でもない様子だ。そうか、そうすれば、女将さんが諦めた物理学もまたできるじゃないか?と節子は思う。
そこに、「こんばんわ~」と言って紗栄子が入ってきた。黒にグリーンのショルダーパッチをあてがったミリタリーセーターと同じく黒のストレッチジーンズとブーツ姿の紗栄子が現れた。ダメ押しで陸上自衛隊のミリタリーワークキャップまでかぶっている。カメラバッグを抱えている。
「おい、和服とアメカジのコスプレの次は、自衛隊のコスプレ娘か?北千住はどうなってしまうんだ?」と南禅。
「ちょっとね、盗撮をしていたもので、バレないように黒で統一してみたんですよ」「盗撮?」「順子の三人組の恭子の動きを探偵してまして・・・あ!美味しそうなもの、食ってるじゃないですか?私もちょうだい!あ!節子も佳子もビール飲んでる!ずるい!」
「節子、紗栄子にもグラスをあげなよ」と南禅は紗栄子にもビールをついだ。「プフぁー、うまいや、こりゃあ。肉体労働したあとはうまい!」
「しかし、まあ、そんな服よく持ってたね?」と南禅は紗栄子の格好をジロジロ見た。
「私、本気で自衛隊に入隊しようかな?って思って・・・」
「は?」
「ハイ、南禅さん、羽生さん、どう思われます?」
「どうって、本気かい?」
「本気です!」
「十人に六人は脱落するんだよ?」
「調べました。頑張りたいと思います!」
「陸自?空自?海自?」
「空自に決まってるじゃないですか。南禅さんと羽生さんのところですよ。でも、防衛大学校というわけには行きません。今まで勉強していなかったから。だから、自衛官候補生に応募して、任期制自衛官から初めて、資格も取って、無謀ですが、将来は士官になりたいんです。宇宙作戦隊部隊とかカッコイイじゃないですか?南禅さんのところの装備庁の研究所で国家機密っていうのもカッコイイ!」
「おっどろいた!驚いたけれど、いいわ、応援するよ、紗栄子」
「紗栄子、このカメラバッグはなにが入っているんだい?」と佳子が聞く。
「ああ、これ。これは今日の装備」と言って紗栄子はカメラバッグを開けて中身を説明しだした。
「カメラはソニーのα7SⅡ。静止画ISO409600までいけます。動画は102400まで。4K動画記録も大丈夫。感度を上げても普通のカメラよりノイズの発生が少ないの。ダイナミックレンジも広い。レンズはSEL70300G。70-300mmf5.6。F値が高いけどしょうがない。aps-cグロップつけて一千万画素くらいはいける。それから、MOZAのスタビライザー、三軸手持ちジンバル」スラスラ説明する紗栄子に一同唖然とした。
「紗栄子、おまえ、そんな趣味があったの?」と南禅。
「楓ちゃんじゃないけどね。メカは好きだったんですよ。ほら、私、高一で輪姦されたじゃないですか?それで、証拠写真とか興味が出ちゃって・・・」
「これ、全部で四、五十万円するんじゃない?」と佳子。
「うん、バイト代、全部つぎ込みました!」
「あっきれた!それで、何を撮影したのさ?」と節子が聞いた。
「あ、そうそう、この前から恭子をつけだしたんだよ。そうするとね、千住のマンションに出入りするのがわかった。夜だと部屋に入って照明をつけるだろう?部屋番号がわかったんだ。201号室。近くのビルの屋上で撮影できる場所を探ってさ、屋上に張っていたのさ。今晩で二度目なんだけどね。バカども、カーテン丸開けで、バッチリだよ。最初の撮影の晩は、ほら、見てご覧。iPadに画像送るか。見やすいからね」と紗栄子はカメラとiPadを操作した。
「ほら、見てご覧。智子と年配の男性の売りの場面だ」
「あ!あの智子が本当に売りをやってやがる!」
「それで、今日わっと・・・え~っと、このデータだな。ほら、どう?康夫と三人組の乱交場面。康夫が三人にクスリを注射している場面までバッチリだよ。こいつらキメセクを四人でしてんだよ。で、順子はいないのさ。つまり、こいつら四人、順子に内緒にして、順子を裏切って、やってやがるんだ!それも敏子や恵美子だけじゃなくて、レズの恭子までだぜ!さあ、どうしようか?」
「う~ん、どうするたって、憲法に乱交してはいけないとは書いてないしなあ。クスリと売りでサツに連絡してもいいけど、智子もしょっぴかれるぜ?あ!智子、18才だろ?」と節子は紗栄子に聞いた。
「そうだけど?確か、智子は四月生まれだから・・・」
「高校生でも18才だから、智子は『合法JK』なんだよ」
「え?『合法JK』って、淫行条例に引っかからないあれ?」と佳子。
「その通り。だから、売りではこのオジサンも智子も引っ張れないわけだよ」と節子言う。
「じゃあ、あとはクスリでか?オジサンもクスリをやっている可能性はあるな?」う~んと紗栄子が唸った。
「そうだけど、四人組とオジサンはいいとして、智子は、確実に鑑別か刑務所だぜ?そりゃあ、可哀想だろう?順子もどうかわからないけど、この四人組と順子に罠をしかけられたんだろうぜ」と節子。
「どうするかな」
「もうちょい、様子見だな」
「美久ネエさんと兵藤さん、楓ちゃんには?」と佳子が二人に聞いた。
「目処がつくまでは黙っていよう。三人ルンルンなんだから、邪魔しちゃ悪いや。あの三人、自分たちが三角関係にあるってわかってないんじゃないか?それも幸せな三角関係。天然二人にツッコミ一人。私だって、ああいうのしたいよ。まあ、女将さんには話しておこう」と節子が羨ましそうに言った。
「おい、三人娘!私と羽生くんは何をするんだよ?」と南禅が言う。
「様子見だけど、最後は暴力沙汰になるかもしれないから、その時は、南禅さん、羽生さん、お願いね。日本酒、つけちゃうからね」と節子。
「羽生くん、面白くなってきたじゃないか?」
「南禅二佐、それ警察沙汰になって、また上から大目玉くらうってことですよ?」
「いいじゃないか?久しぶりだぜ。大義名分があって相手をぶっ飛ばせるんだぜ?たまんねえよ」
「やれやれ、付き合いますよ」
こいつら、本当に国家公務員か?あ~あ、自衛隊志願、考え直そうかな?と紗栄子は思った。
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