第十七話 高校一年順子、順子と美久
北千住の駅の改札口を出て、美久とタケシ、カエデの三人組が分銅屋の方に向かって歩いていた。「カエデ、なんで一週間に三回は北千住に来るの?」とタケシが聞く。
「お兄、美久さんにね、お兄を差し上げます、とは言いました。でもね、お兄は私にまだ彼氏を紹介してくれないし、紹介して私がその男性を気に入って、お付き合いするまでは、美久お姉さまを邪魔してやります。二人だけでベタベタして、ホヨヨ~ンって気分でいられてたまるもんですか!邪魔して差し上げます。それに私が北千住に来て遅くなると、お兄は私を神泉まで送る義務があります。どうだ、まいったか?」
「やれやれ」
「でも、タケシさん、楓さんといると楽しいわ。タケシさんが彼氏さんを楓さんに紹介して、楓さんが北千住に来なくなると、私、寂しいかも」
「もう、美久お姉さま、ぜんぜん効いてないのね?今の状態は一夫多妻制に等しいのよ!」
「なんのこと?」とキョトンとしている。
「こりゃ、ダメだ。お姉さま、負けました。スミマセン。まったく。それよりも二人共、私が来ない日には『ゴックン』以上進んだの?」
「え?あ!・・・進んでないよ」とタケシ。
「ハイ、楓さん、あのままで止まってます」とイジイジとタケシの袖をいじりだして、下を向いて赤くなる美久。
「え~、あれで止まってるの?私の邪魔って意味ないじゃん?もう、やっちゃえばいいのにさ。意気地なしねえ、二人共」
「ま、まあ、その時が来たら。ねえ、美久?」
「ハ、ハイ。が、がんばります・・・」
手のひらで額を叩いて天を仰ぐカエデ。このバカップル!
三人が分銅屋の暖簾をくぐった。「こんばんわ~」と店に入って板場を見た。三人とも固まった。女将さんは普通に薄水色のセーターにエプロン姿だ。しかし、その隣に、髪を料亭の女将のようにアップにして落ち着いた和服姿の女性が立っていた。せ、節子ぉ~?
節子が和服の前合わせに両手を揃え、立礼をした。顔をあげて、「兵藤様、田中様、いらっしゃいませ」と言う。さすがに三人とものけぞった。カウンターには南禅と羽生がもう座っている。「美久ちゃん、楓ちゃん、タケシくん、こんばんわ。あのさ、今日来てから節子はずっとこの調子なんだよ。こっちの調子狂っちゃうよ」と羽生が言う。
美久が女将さんに「姐さん、これどういうこと?」と聞くと「この前、ヤンキーからフレンチにイメチェンして、じゃあ、アルバイトはどう?って聞いたでしょ?それで、節子がやらして下さい、というのでお願いしたのよ。そうしたら『女将さん、居酒屋ですから和服にします。和服貸して下さい』と言うので、和服を着せたらこうなっちゃったの。格好が変わったら、挙措動作まで変わっちゃって、人格が豹変したのよ。もう、紗栄子も佳子も呆れてるわよ」
「女将さん、私もいい大人なんだから、女性らしくしないといけないと思いますのよ。美久ネエさん、兵藤さん、楓さん、まずはおビールになさいます?」
そんな節子の格好の話を一同していると、佳子を連れた紗栄子が入ってきた。「こんばんわ~、って、節子、和服のまんまか?」「あらぁ、紗栄子さん、佳子さん、いらっしゃい」「節子!調子、狂うんだよね、まったく。ああ、今日来たのはさ、節子、さっき電話かけたろ?恭子と智子の話?」
節子は元の調子に戻って、「ああ、あれどうだったんだい?」と紗栄子に聞く。「あれから、あいつら北千住に戻ったみたいで、私は別の電車で帰ってきたんだけど、ありゃあ、やっぱりおかしいよな?」
「う~ん、確かに」
「それは何のこと?恭子と智子って、あの恭子のこと?」と美久。
「そうそう、美久ネエさん、ネエさんの妹分の順子の三人組の恭子ですよ」
紗栄子は、紗栄子が下校しようとした時、校舎の横で顔見知りの智子と恭子がヒソヒソと話をしている日の話から初めて、さっきの御徒町の話までをみんなにした。
「売りを智子が?恭子が金をもらってたって?おかしいじゃないか。グループじゃあ、盗みもクスリも売りもご法度だよ。け、喧嘩は・・・」とチラッと美久はタケシを見て「喧嘩はちょっぴりするけどさ」と言って赤くなった。「まあ、状況証拠だから、ホテルの上の階に行ったからって売りとは限らないだろ?なんなら、私が順子に直接聞いて・・・」
「いや、美久ネエさん、ネエさんは抜けたんだから、私らがもうちょっと調べてからってことにして下さい」
「わかったわ。順子がそんなことをするわけがないと思うけど・・・」
「ねえ、美久、その順子って、この前から時々名前がでるけど、美久や節子、紗栄子、佳子とどういう関係なの?」とタケシが美久に聞いた。
女将さんが「美久ちゃん、最初から後藤順子の話をタケシさんにしてあげなさいよ」
「女将さん、わかりました。う~ん、その前に、この話はタケシさんと楓さんにしてないね。タケシさん、楓さんに、なぜ、ヤンキーだった私が大学の理学部なんかに行こうと思ったかを説明しないと」
「そうなんだよねえ。ネエさん、高校二年生で突然ガリ勉になっちまうんだからね」と節子が言う。そうそう、と紗栄子と佳子がうなずく。
「まあ、突然じゃないのよ。高校一年生の時、グレて喧嘩ばかりしていた。タケシさん、ゴメンナサイ。それで、三学期が終わって春休みの時、女将さんが、『美久、出かけるよ、ちょっと遠出だ。ついておいで』って、茨城県まで車で連れ出してくれた。そこは、原子力科学研究所内にある高エネルギー加速器研究機構のJ-PARCという施設だったの。女将さん、物理科の院卒でしょ?だから、女将さんが知り合いにお願いして私に特別に見学させてもらったの。森さんっていう女性ですごく若いのに博士の人が案内してくれて。白衣着て格好良かった。森博士が見せてくれたのはいろいろな加速器。50GeVシンクロトロンとか。私、楓さんみたいにメカは強くないんだけど、森博士が説明してくれる原理がわかったような気がしたの。勉強もしなかったのに、なぜかわかるのよ、物理原理が。公式が頭をスクロールするのよ。私、感動してしまって・・・」
あ!それでか!美久お姉さまって理論系なんだ、と楓は思った。
「それで、南禅さんと羽生さんのお知り合いで、ここに時々いらっしゃる小平先生という方がいて、東京大学の宇宙線研究所に勤務されているの」
「小平先生って、小平一平教授?」とタケシが聞く。
「そう、小平一平教授」
「ぼくは時々お見かけすることがある。大学で講演されて聴講したことがあるよ」
「そう、その小平先生は、スーパーカミオカンデもご担当されていて、ニュートリノの話などをしてくださって。スイスとフランスにあるCERN(セルン)の話とかも。世界最大の大型ハドロン衝突型加速器の話。もう、私、頭をぶん殴られたみたいで。タケシさんも小平先生と同じ大学でしょ?実は、アパートの賃貸の申込書を見て、ああ、この人、小平先生と同じ大学なんだなあ、って思って、思い切ってここにお酒に誘って・・・こうなっちゃったの、ス、スミマセン」
あ~あ、ユングのシンクロニシティ(非因果的連関の原理)かよ。お姉さまは私の大学の先輩になるし、これは私もシンクロニシティに組み入れられているの?と楓は思った。
「だから、今の私があるのも、みんな姐さんのおかげなの。これが私が大学に行った理由。それで、順子の話ね。え~、話は私が高校二年生の頃の今から二、三年前の話になるんです・・・」
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美久と順子が、美久の家の不動産屋事務所の奥の美久の家にいた。畳部屋に六尺の欅の座卓がおかれていた。横並びになって、学校の宿題をやっつけている。美久は高校二年、順子は高校一年。
二人共、タータンチェックのミニスカート、白のブラウス、茶色のニットのベストの制服姿だ。校則がうるさいので、学校ではスカートは膝丈だが、学校を出るとみんなスカートを織り込んで、膝上20センチのミニスカートにしている。
美久は長髪の茶髪で身長は160センチくらい。昔の後藤久美子にちょっと似ている。可愛い顔をしている、高校生のギャルのようだがヤンキーである。順子は、身長165センチ、ダークカラーのボブのヘアスタイル。黒木メイサのようなハーフっぽい顔立ちをしている。美久よりも年下だが、美久より大人っぽい雰囲気だ。
順子は英語の宿題をやっていて、時々髪の毛をかきむしりながら悩んでいる。横を見ると美久は胡座をかいている。「美久ネエさん、パンツ見えてるよ、ネエさんの苺パンツ」と順子が言った。
「え?キャッ!」と美久はあわててスカートの前をかきあわせる。
「美久ネエさん、いい年こいて苺パンツかよ?」
「そういう順子はなにはいているのさ」と順子のスカートをめくる。黒のインナーパンツだ。「順子、おまえ、そんなインナーなんてはいて、蒸れるだろ?」
「美久ネエ、エッチだな。スカートめくるなよ。駅の階段下でのぞいているヤツがいやなんだ。だから、インナー必須よ」
「わたしは蒸れるの嫌いだもん」
「蒸れるの嫌いでも、苺パンツはないでしょ?」
「あのねえ、順子、なくなったお母さんがわたしに買ってくれたのが苺パンツばかりだったの。それ以来、苺パンツなの」
「それって、美久ネエが小学生の頃だろ?もう高校二年だよ?もっと色っぽいパンツはきなよ」
「色っぽいって、彼氏もいないのに、そんなパンツをはいてもしょうがないじゃん。彼氏ができたら、買ってもらうよ。じゃあ、順子はそのインナーの下になにはいてるのよ?」
「え?美久ネエ、みたい?見せてあげようか?」
「いいよ、別に見せても」
順子はインナーをめくって、「ほら」と美久に見せる。「ええ?なにこれ?」
「赤のウィングショーツだよぉ。上下おそろい」
「ふ~ん、こういうのを順子はくのかあ」
「美久ネエみたいに結婚まで処女守ります、っていう現代の化石じゃないのよ、私は。男が欲しいのよ。彼氏がほしいの。だから、いつでも準備万端!」
「順子、私だって処女守っているわけじゃないよ。彼氏がいないんだもん」
「それは美久ネエが彼氏を作るつもりがないだけじゃない。可愛い顔して男無視してるからじゃん」
「無視してないよ。よってこないだけだよ」
「まあね、喧嘩強いし、男は近寄りたくないタイプなのかもね」
「そこが悩みのタネなんだけどなあ・・・」
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「美久さん、ぼくは感動した!美久さんのルーツは苺パンツだったんだ!お母さんの買ってくれた苺パンツが美久さんのルーツになって、貞操を守り、いつか苺パンツを超えるパンツを買う彼氏をまっていたんだ!」
「そおですよ、タケシさん、それがタケシさんだったんです!キャッ!」
みんな、呆れて二人を見た。カエデは思った。ちげぇーよ。美久さんばかりと思っていたら、お兄も天然か?そこが話しのポイントじゃねーだろ!この天然バカップル。呆れて物が言えんよ。このどアホ!早く話続けろ!
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順子は北千住のもっと上の荒川沿いに住んでいるんだけど、同じ高校に入学してきて見かけたことがあるかな、というほどで、知り合いでもなんでもなかったのよ。それがある日、私がコンビニで週刊誌を読んでいたら、順子も入ってきて、お菓子とか見ていたの。横目で見ていると、悪そうなヤンキーの男二人が順子のトートバッグにお店の商品をそっと入れているのが見えたのよ。それでレジの方を見ていると、店員はそれを見ているはずなんだけど、何にも言わないの。男二人は店を出ていった。順子も店を出ようとしたら、店員が順子の肩をつかまえて、「お嬢ちゃん、お店のものはお金払わないと持って出れないよ」と順子に言ったのよ。「私、何もしてませんけど?」と順子が言うと、じゃあ、そのトートバッグ見せてよって開けさせたの。男二人が入れた商品がでてくるわよね。「私、知りません」という順子の手を引っ張って、店員は奥の事務所に順子を連れ込んだ。
私は、「はっはあ、男二人は店員とグルだ。店員はこの子を強請るかエッチなことをするか、悪さするつもりだな」と思った。どうしようかな?関わるのもメンドイなあ、と思ったけど見ちゃったからね。店内を見回すと、CCTVカメラがあって、男二人が順子のトートバッグに商品を内緒で入れた様子はカメラの視野に入っているみたいじゃない?と思ったの。外を見るとあの男二人も戻ってきていて、店内に入って知っているみたいに平気で事務所に入ってしまった。
あ!こりゃ、店員と二人でグルで、女の子をはめて、どうにかするつもりだな?と思った。事務所によっていって、ドアをそっと開けると、男の一人が女の子を羽交い締めにして、口を押さえていて、店員は女の子のパンツの中に手を入れて、ズボンを下ろしてあれを出しているのが見えた。もうひとりの男がスマホで写真か動画を撮っている。このマンガみたいな展開で、私はカッとなって頭に血が上っちゃってさ。乱入しちゃったんだ。
この野郎、一部始終私は見てたぞ。CCTVにだって、こいつらが店の商品をこの女の子のトートバッグに忍ばせたのが映っているはずだろ?おまえらグルでこの子をはめたな?と言ったら、男二人が順子を離して私に向かってくるんで、橋本真也のやるバックハンドで首筋に袈裟斬りチョップ食らわして、股に蹴りを食らわしてのしたの。それから、店員がズボンをあげようとしたので、それも股に蹴りを食らわした。店員はあれを出してのびたよ。って、タケシさん、ゴ、ゴメンナサイ。
男のスマホを取り上げて、女の子のパンツをなおしてやって、サツに・・・警察に連絡した。そうしたら、顔なじみのお巡りさんが来て、美久、またおまえか?って言うんで、事情を話して、CCTVを再生すればこの子がはめられたのがわかるよ、って説明したのよ。男のスマホは渡したけど、この子の恥ずかしい写真か動画が映っているから、今、削除して!今!って言って、お巡りさんが証拠品とかブツブツ言っているので、この子の人生をあんた潰す気か?って言って消去させたの。
まあ、これが順子との出会いで、順子が止めろと言うのにグループに入ってしまって、私の妹分になったの。で、節子と紗栄子と佳子が高校に入学すると、順子の近所の恭子と敏子と恵美子も入学してきて、彼女たちは順子の妹分になった、ってこと。それで、大学に入学するので、グループを抜けたんだけど、みんなが順子を後釜にというので、順子が後釜になったということ。節子と紗栄子と佳子は反対したんだけど。
順子は、中学の時に、両親が離婚して、お母さんに引き取られたの。お母さんは銀座で水商売をやっている雇われママで、順子は鍵っ子だったから、コンビニ事件以来、うちによく来て、ここにも連れてきてた。面倒を見ていて、妹ができたみたいと思った。順子が高校二年になって、康夫っていう男とできちゃって、少し変わっちゃったし、疎遠になっちゃったけど、根はいい子なのよ。
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「あっしたちはそうは思わねえ。ネエさん、順子は影でなんか悪いことをやってるよ。なあ紗栄子、佳子」と節子が言うと、紗栄子、佳子もうんうんとうなずく。「ネエさん、こっちも少し調べるから、今は黙ってみていて下さいな。紗栄子、佳子、あとで相談しよう」
この時、みんなで調べていれば、あんなことにはならなかった。
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