第十六話 高校三年順子、智子と紗栄子

 最初の頃は、智子は調子が良かった。眠くない。食べなくても平気だ。体重も減った。勉強ははかどった。おまけに、いいにくいことだが、恭子とも気持ちいいことができた。成績も実際に上がったのだ。志望校に受かるかもしれない。自分の人生に希望が持てた。

 

 恭子は時々、グミをくれた。一週間に三回くらい。だけど、グミだけだと調子が落ちてきた。だるくなる。勉強もする気がしなくなる。恭子との気持ちいいこともやりたくなくなる。何を食べても不味い。食べ物の味が紙を食べているような気がする。そもそも、何も食べたくないのだ。グミじゃ足りない。栄養ドリンクが欲しい。だけど、恭子は一本四千円と言っている。そんなお金ないよ。お小遣いじゃ足りない。

 

 恭子は、私の顔を見て心配そうだ。「眠れないよぉ、恭子」とか「肌がかさかさになって、クマがでてるんだよう」と言うと、何回に一回は栄養ドリンクをくれる。そうすると調子がまた良くなってくる。でも、効き目はだんだん短くなってくる。

 

 智子は恭子に尋ねた。「恭子、前にさ、私と恭子が初めて・・・初めてした時、恭子は『安心して。私の知り合いの安心できるオジサマがいて、私みたいに智子を気持ちよくしてくれてお金をくれるから。紹介するわ』って言ったよね?もう、智子、恭子がタダでくれる栄養剤じゃ足りないみたい。恭子、オジサマって誰?そのオジサマ、私にお金をくれるの?」

「オジサマって、どこかの会社の偉い人らしいよ。だから、保証済みだよ。性病もうつされないしね」

 

「智子、智子はオジサマに会いたい?お金をいっぱいくれるけど、恭子が智子を抱くんじゃないよ。智子のお父さんくらいのオジサマが智子を抱くんだよ?それもでいい?」

「うん、でも、気持ちいいことする前に、恭子、栄養剤ちょうだいね。あれなしだと私無理」

「もちろん、あげるよ。でも、オジサマからお金を貰ったら、全部じゃなくていいけど、栄養剤のお金は私にちょうだいね。かなり建て替えたから」

「もちろんよ、恭子。いくらくらい貰えるの?」

「え~っと、八万円とか十万円とか。智子は初めて・・・処女だから、高いんだよ。その次からは、四万円とか五万円とかだね」

「そんなに?・・・恭子、これって、パパ活とか売りってこと?」

「パパ活とか売りは、出会いサイトとかでするやつじゃない?これは、私の紹介だから、そういう話じゃないと思うよ。オジサマは身元もしっかりしているし、変なことはしない。智子を優しくかわいがってくれるよ」

「わかった。恭子、私やるわ」


「順子ネエ、一丁上がりだよ。この前から話していた処女の智子だ。自分から売りたいって言ってきたよ。オジサマに聞いてみて。どのオジサマが智子を欲しいのかって?」

「恭子、わかった。段取りするからね。智子はいつがいいの?」

「できるだけ、早くって言ってる」

「まだ、たらしこんで、二週間も経ってないじゃないか?薬効きすぎなんじゃないの?」

「他の女の子と同じ分量しか渡してないんだけどなあ・・・」

「効きに個人差があるんだよ。量を減らしたほうがいいねえ」

「減らすと、ちょっと禁断でるかもしれない」

「二週間弱で?」

「効き過ぎたのかなあ?」

「まあ、様子を見よう。明日とか明後日で、家族にばれないように、夕方七時頃とかで都合がいいか、聞いといて。二時間厳守にしておく。九時までにホテルを出られるように。北千住から離れたホテルにしようか?」

「私もついていく?」

「初めてだからね」

「順子ネエ、私は外で待ってればいんだよね?私、男ダメだから」

「そりゃあ、問題ないよ。恭子は敏子や恵美子と違うもん。レズなんだから。オジサマ相手にできないだろう?今、オジサマに電話する・・・あ!オジサマ?この前から話していた初めての子。明日とか明後日の七時から二時間でいいかな?え?明日ね。え?病気も何もないよ。初めてだもん。ウチの子が確認済み。ロリだよ。中学生に見える。でも合法JKだから。そうそう、クスリは飲ませておくから。だから、スゴイと思うよ。キメセクだよ。え?諭吉九枚?十二枚くらいちょうだいよ。可愛いんだよ。写真送るよ・・・どう?え?十枚?まあ、いいか。じゃあ、それで。オジサマの方こそ相手の人、変態じゃないでしょうね?え?オジサマがするの?ちょっとぉ、私はどうなるのさ?え?そのあと?わかった。ホテルはこっちでリザーブしておく。場所を連絡するから、先に部屋にいつものように行ってね。ウチの子がドアまで送っていくから。ハイ、ありがとうございます」

「恭子、明日だよ。七時」

「私も智子に連絡するわ・・・あ?智子?明日七時、どう?二時間。学校が終わって、五時に私と一緒にこの前のマンションに行って、何か食べよう。ピザとか。それで、栄養剤を貰っておくから飲んでさ、で、七時にホテルに行くの。私もホテルの部屋の前まで一緒に行ってあげる。安全でしょ?帰りも一緒。あ!私服持ってきて。目立たないやつを。替えの下着も。マンションで着替えればいいよ。うんうん、わかった。じゃあ、明日・・・順子ネエ、オッケーです」

「恭子、ご苦労さん。最初が肝心なんだ。今回はオジサマだから安心だけど、智子は慣れてないから、部屋に入ってから、シャワーしますとか、作法を教えておかないと。細かいことはオジサマが智子に教えるだろうけどさ。恭子が建て替えたって智子に話した栄養剤は何パックって言ってある?」

「十五パックくらい。そのくらいは渡した」

「じゃあ、六万円ぶんくらいだね。ちょうどいい。十万円もらって、六万円巻き上げる。6対4くらいで、相手に四割くらい残すのがいいよ。どうせ、残りのお金も栄養剤に消えるんだから。厳しく巻き上げるよりも、細く長くやらせるのがコツだよ。次からは、智子だったら、六万円は固いから、三万六千円巻き上げて、二万四千円残してやるとかね。女の子にもよるんだ。原価なんてないんだから。6対4を守って、適当に建て替えた数を言っておくとか、まけてやるとか、それでコントロールすればいい。普通に売りやってれば穂別苺(ホテル代別、一万五千円)だろ?それ以上残してやれば相手だって文句ないさ。バックられるとまずいからね。金を適当に残してやって、周りに気づかれるほどの中毒にしない量を与えりゃいいんだ」

「そうか。欲をかいちゃダメ、ってことだね」

「そうそう。わたしらは人を紹介しているだけ。売りしてる女の子が客から金を勝手に受け取っているだけだからね。わたしらが受け取るのはあくまで栄養剤の売り賃だよ。売春斡旋しているわけじゃない。女の子が自由恋愛しているわけさ。おまけに合法JKなんだから」

「順子ネエ、あったまいいね。サツもわたしらに何にも言えないってことだね?栄養剤以外」

「恭子は頭がいいよな。わたしゃ、あんたに任せられるよ」

「でも、順子ネエ、私にもご褒美ちょうだいね」

「ああ、栄養剤とグミとね。でも、恭子もやりすぎちゃあダメだよ。こっち側が中毒になっちまったら、元も子もないからね」

「だから、順子ネエはそんなにやらないんだ」

「沢尻エリカみたいに、量をコントロールするってこったよ」


 翌日の午後五時、マンションに来た恭子と智子は、ピザの出前を注文して仲良く一緒に食べた。「でさあ、智子、ホテルの部屋までついていってあげる。着替え持ってきた?制服マズイからね。着替えて見せて・・・ああ、いいね、目立たないカジュアル。ホテルにも通行人にもバレちゃあまずいし。部屋に行ったら、シャワー使うんだよ。髪の毛は洗わないこと。家の人にシャンプーの匂いが違うのがバレるとダメだろ?」


「恭子、わかった。初めてなのよ。い、痛いかな?」

「大丈夫よ。栄養剤飲んでたら痛みよりも気持ちいいのが勝っちゃうから。ハイ、これ、栄養剤。今飲むんだよ。それから、グミを四個あげる。これはシャワー浴びる時に飲むこと。そうすると、オジサマとする時に効き目が出てくるからね。それで、この錠剤を終わった後のシャワーで飲むんだ」

「これ、何の薬なの?」

「アフターピル。もしも中出しされても妊娠しないようにする避妊薬だよ」

「恭子、ありがとう。妊娠、怖かったんだ」

「このくらいしかできないけどね・・・出かける前に、体をほぐしておこうよ。わたしと気持ちいいことしよう。そうすると、体がほぐれるし、もっと気持ちよくなりたいと思ってくるからさ。終わったら、栄養剤もっとあげるね」

「恭子、わたしいくら恭子に払えばいいの?いっぱい建て替えてもらったし・・・」

「十五パックくらい?六万円くらいだよ」

「よかった。足りるのね?」

「充分だよ。残りは何にでも使えばいいんだから」


 オジサマは智子をすごく気に入ったようだ。友人を紹介するよ、と順子に言った。順子は間を開けて、智子が落ち着いたら連絡する、とオジサマに言った。さすがに処女喪失してすぐってわけに行かないでしょう?いくら、智子がお金を欲しがってもね。

 

 彼らは実に巧妙だった。


―――――――――――――――――――――


 美久の三人組の一人の紗栄子は、幼稚園の頃から智子と学校が一緒だった。家が近所なのだ。紗栄子も智子も中学の頃の成績はそれほど良くない。だから、偏差値40の北千住から荒川の向こうの高校を選んだ。校舎はボロかったが、制服はまあまあ可愛い方だ。中学の頃から面倒を見てくれている田中美久もその高校だった。紗栄子と仲のいい節子と佳子も同じ高校を選んだ。それほど近い関係でもない智子も同じ高校だ。


 田中美久は紗栄子と二才違いで、紗栄子が入学した時に田中美久は高校三年生だった。田中美久の妹分の後藤順子は高校二年。顔見知りではなかったが、恭子、敏子、恵美子の三人組も紗栄子と同学年の一年生だった。

 

 紗栄子の一年生の最後の学期、その高校で前代未聞のことが起こった。田中美久は進学コースを選んでいたのだが、高校二年、三年生で人が変わったように勉強した田中美久が、ヤンキーのくせに(と教師・生徒や周囲から言われた)学校推薦型選抜でお茶の水女子大学の理学部に合格してしまったのだ。

 

 その年度の美久の学年の大学合格実績を見ればわかる。


 お茶の水女子大学、帝京科学大学、明海大学、川村学園女子大学、中央学院大学、帝京平成大学、東洋学園大学、流通経済大学、敬愛大学、淑徳大学、聖徳大学、千葉商科大学、国士舘大学、専修大学、東京経済大学、東京未来大学、東京理科大学、東洋大学、文京学院大学、すべて一名ずつ。


 他の大学のレベルを見れば、田中美久の進学がいかに異常なことかがわかるだろう。それもヤンキーなのに。


 その高校は、高卒認定もらって働くという人には向いている程度の学校だ。それに紗栄子の家は、紗栄子を大学に進学させるほどの資力はなかった。佳子も同じだ。節子は家がまあまあ裕福だったが、勉強する気もあまりなく(田中美久は口酸っぱく勉強なさいと言っていたが)、三人組はみな就職コースだった。


 田中美久が周辺の高校を束ねて君臨していた二年間、グループの規律は厳しかった。喧嘩沙汰は起こすが(それもしばしば)、売りもクスリも盗みもご法度だった。妹分の後藤順子もその規律をよく守っているようによそおった。


 後藤順子が処女を失った相手は、別の高校の康夫という男子だった。康夫もヤンキーグループに所属していた。ただ、付き合いが、北千住の半グレや暴力組織だった。康夫は密かに覚醒剤を扱っていた。康夫に感化された後藤順子は徐々に田中美久に内緒でその方面に手を出していった。

 

 紗栄子が高校一年生の時に事件が起きた。半グレのグループに拉致され、輪姦されたのだ。激怒した田中美久は、自分のグループにも言わず、一人、半グレのアジトに殴り込みをかけ、紗栄子を取り戻してきた。それ以来、紗栄子は田中美久をさらに崇拝するようになった。仲間の節子も佳子もそうだ。この件で、以前から警察に目をつけられていた田中美久は、警察にこってりと絞られた。しかし、事情も事情なので、お咎めなしだった。田中美久の警官の知り合いができたのはこのときだ。

 

 田中美久がお茶大に進学する時、後藤順子の密かにやっていることを知らない彼女は、順子に後を任せた。後藤順子のことを胡散臭いと思っていた節子、紗栄子、佳子は反対したのだが、美久は昔からの妹分の後藤順子を信じ切っていた。


 順子が仕切りだすと、高二になった節子、紗栄子、佳子はグループと距離を置きだした。代わりに、恭子、敏子、恵美子の順子と仲の良い三人組がのしてきた。徐々に、順子は秘密にしていた(彼女と康夫の言う)事業を拡大していった。恭子、敏子、恵美子はその事業の手下になっていった。


 高校に進んでから、智子の成績はよくなっていった。紗栄子たちのグループにも属さず、大学進学の特進クラスに選抜された。智子は、大人しい性格の女の子だった。160センチと目立ちもしない普通の背丈。しかし、可愛らしかった。引っ込み思案の本人は気づいていないが、AKBとか坂道グループのオーディションを受けても合格できるレベルだ。一部の男子から噂されたが、性格が陰キャで積極的ではなかったので、誰とも付き合わなかった。

 

 高校一年生の時、智子はクラスカーストで差別されイジメを受けそうになった。その時、智子をかばい、イジメっ子から守ったのが恭子だった。恭子にして見れえば、勉強のできる智子を助けておけば宿題なんかで助かるわ、という自己中の考えで助けたのだが、友達も少なく、それも陰キャばかりだった智子にとって、背は低かったが可愛く目立ち明るい陽キャの恭子に助けれたことは彼女にとってエポックメイキングなことだった。もちろん、智子は恭子の裏の顔を知らない。

 

 そう、恭子に目をつけられ、今や堕ちようとしている智子の周辺はこういう状況だったのだ。


 ある日、紗栄子が下校しようとした時、校舎の横で顔見知りの智子と恭子がヒソヒソと話をしているのに気づいた。「おっかしいなあ、あのガリ勉の智子とヤンキーの恭子とどう接点があるんだろうか?」と紗栄子は訝しんだ。横目で見ていると恭子がカバンからお菓子のグミを取り出して智子に勧めている。(おいおい、グミ食ってるよ、チビ二人。お子様だね。まあ、智子に友だちができるのはいいことさね)と紗栄子は思った。

 

 下校して北千住駅の周りを節子と佳子とつるんで歩いている時、紗栄子が「節子、佳子、あの智子って知ってるだろう?」と言った。

「ああ、紗栄子の幼馴染のあいつか」と節子。

「幼馴染ってほどじゃあないよ。近所で学校が昔から一緒だっただけだよ。あいつがさ、今日みかけたんだけど、あの恭子と仲良くしてるんだよ。グミなんか一緒に食べちゃってさ」

「恭子と?おかしな組み合わせだねえ・・・」

 その時は、それで話は終わった。

 

 数日経って、紗栄子は一人で上野に家の買い物の用事ででかけていた。ついでに自分の買い物もする。買い物と言ってもオシャレに興味のない紗栄子はもっぱらウィンドーショッピングだ。上野松坂屋をのぞいたり、エキュート上野、アトレ上野なんかをぶらぶらした。山手線沿いにアメ横も冷やかしに行ってみた。御徒町まで来てしまった。

 

 紗栄子が昭和通り沿いのルノアールでコーヒーとケーキを食べていると、窓の外を手をつないで上野方面に歩いている智子と恭子をみかけた。(あれ?また変な組み合わせが、御徒町にいるよなあ?)紗栄子はもう店を出るつもりだった。お勘定をすませ、興味本位で二人のあとをつける。

 

 二人は、昭和通りを上野方面に歩いていく。(何の用事だ?ショッピング街があるわけでもないここら辺で?)と紗栄子は思った。二人は百数十メートル歩いて、ホテルサードニクス上野というビジネスのようなホテルに入ってしまった。二人に気付かれないようにホテルのエントランスからのぞくと、智子はエレベーターで上の階にのぼってしまう。恭子は、ホテルの横のカフェに入ってしまう。

 

(え?なんだ?あいつら、何をしてるんだ?一緒でもなく、智子は上の階?それって、ホテルの客室?それで、恭子は横の喫茶店?おっかしいじゃねえか?)


 紗栄子は、暇だったし、智子と恭子が出てくるまで待つことにした。カフェに居るだろう恭子に気付かれないように、昭和通りを行ったり来たりする。紗栄子は節子に電話することにした。LINE通話をかける。節子が出た。紗栄子は節子に今見ている話をした。「そりゃあ、紗栄子、おっかしな話だよな?おまえ、外で待って見てろよ」と言われ「うん、そのつもり。まったく変だよねえ」「おっかしな話だよなあ」と言って通話を切った。


 一時間経っても出てこない。イライラする。一時間半。まだだ。二時間ちょっと経った頃、ようやく智子と恭子がホテルを出てきた。こころなしか智子の顔は上気している。最近は青白かった顔がピンク色だ。見ていると、路上で智子がお札を数えだした。数えて、何枚かを智子は恭子に渡した。

 

(なんじゃ?ありゃあ?う~ん、どういうことだ?なんで智子は恭子に金を渡すんだ?まさか、あの智子が売りやってんのか?)


 紗栄子は頭の中が疑問符だらけになった。二人は御徒町駅の方に戻っていく。紗栄子は彼女らと距離を開け、ついていったが、二人は北千住にもどるようだった。


(まあ、節子と佳子と話そう。美久ねえさんと兵藤さんにも相談してみるか?)


 紗栄子は智子と恭子と離れ、別の電車で日暮里経由で北千住に戻った。

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