第十四話 美久さん、謝罪す

 歯磨きをしていて、美久が急に歯磨きを止めた。「あ!やっばい!タケシさん、どうしよう?」と言う。


「美久、何がどうしようって言うのさ?」とぼくが聞くと、「だって、私、アイフォンとトラッカー、オンのまま。どうしよう?どうしよう?どうしよう?私、有頂天になって、忘れてました。楓さんにバレてます!どうしよう?どうしよう?どうしよう?」と錯乱している。


「私、楓さんに抜け駆けしてしまいました!タケシさん、どうしたらいいんでしょう?楓さんは私がタケシさんの部屋に泊まったこと、わかっちゃいます!ああ、どうしよう!手つなぎどころか、タケシさんのをゴックンしちゃったんですよぉ?これ、反則でしょう?」とさらに錯乱する。


「黙って誤魔化せばいいでしょう?アイフォンとデバイスをここに忘れちゃった、とか」とぼく。

「それはいけません!約束に反します!秘密と嘘はいけません!私、楓さんに電話します!」って、おいおい。


 真っ赤になって、美久は電話しだす。「自分から言わなくても・・・」「タケシさん、黙って!」

 

「もしもし?楓さん?」

「あ!美久さん、おはよう」

「わ、私、楓さんに謝罪いたします!」

「え?何?月曜の朝から美久さん、何を言っているの?」

「アイフォンとトラッカー、見て下さい!」

「え?なになに?・・・あ!美久さん!あなた、お兄の家に泊まったの!なんてこと!」

「しゃ、謝罪いたします!申し訳ありません!抜け駆けいたしました!パンツ買ってもらって、有頂天になって、タケシさんの部屋に泊まってしまいました!」

「パンツ?」

「パンツです!タケシさんが私の苺パンツを『そりゃダメだろう』って、銀座でパンツを買ってくれまして・・・」

「美久さん、意味、わかんない!」

「それは・・・」と美久が昨日の話をした。


「ふ~ん、それで、美久さんに苺パンツの代わりのセクシーパンツをお兄が買ってあげたの?」

「そうです!それで、それをタケシさんにお見せして・・・」

「うん?・・・美久さん、はいてるのお兄に見せたの?」

「ハイ、そうです。それで、お酒飲んじゃって、ヘベレケになって、一晩中、二人っきりで・・・」

「したのね?セックス、美久さん、したのね?」

「してません!信じて下さい!・・・でも、ゴックンしました!」

「え?ゴックン?」

「ええ、ゴックンです。タケシさんのを飲んじゃいました」

「・・・」

「か、楓さん?」

「・・・なんでそうなるの?」

「だって、タケシさんが我慢できないって言って、節子とかから『我慢できない男はゴックンするものだ』と聞いたものですから・・・」

「・・・」

「楓さん?」

「・・・もう、美久さん!」

「ハイ?」

「手つなぎから、急に、ゴックンまで美久さんはハードルを下げたわね?」

「え?」

「つまり、美久さんがそこまでしちゃったなら、私もお兄のをゴックンまではしていいわけね?」

「え?え?え?それは・・・」

「お兄を出してちょうだい!側にいるんでしょう?」


「もしもし、カエデちゃん?」

「お兄!こうなったら、私もゴックンまで解禁だからね!」

「カエデちゃん、あのね・・・」

「ダメです!言い訳は聞きません!お兄も約束破りました!私はゴックンする権利と義務があります!今晩は、神泉にお帰り下さい。ちょうど、パパもママも出張中です!」

「カエデちゃ~ん・・・」

「美久さんに電話代わって下さい!」


「美久さん!今晩はお兄は北千住に泊まりません。神泉に泊まります。私だって、ゴックンぐらい・・・」

「楓さん!」

「あれ?ゴックンって、どうやるの?」

「私も節子たちが言っていたことを無我夢中で・・・」

「結構です!経験のある友人に聞きます。ゴックンぐらいできますもの。簡単です!美久さん、覚悟して下さい!」通話了。ツー。


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「美久、だから、嘘つけばよかったじゃないか・・・」

「タケシさん、今晩、楓さんにゴックンされちゃうの?」

「なんか、激怒してるし、帰ってなだめるよ。帰らないとここに突撃してくるもの」

「でも、楓さんのことだから、絶対、ゴックンすると思う。タケシさ~ん、どうしよう?」

「大丈夫だよ・・・でも、美久、よくあんなことができたね?」

「だって・・・あの時はタケシさんが我慢できないのをどうしようと思って、無我夢中で・・・」と真っ赤になって下を向いた。


「美久、大学に行かないと。ぼくもいかなくちゃ」

「そ、そうですね。タケシさん、家に帰っちゃうの?」

「仕方ないでしょ。夜、連絡します」

「・・・」

「大丈夫、なだめるから」

「タケシさん、でも、抜け駆けしたの私ですから、ここはゴックンまでならしょがない・・・」

「・・・そういうもんじゃないでしょ?なんでぼくがこんな目に・・・」


(なんでこうなるのだろうか?)


 スマホの通話終了ボタンを押した後、楓は考えた。


(美久さんがゴックン、ゴックンなんていうから思わなかったけど、ゴックンの前にパックンしないといけないんじゃないの?パックンってどうするの?同級生の詩織としたのはパックンじゃないし・・・グーグルよ!パックン・・・じゃでないわよね?これか!フェ◯、ええええ!こんなことするの?美久さん、大胆!ええええ!どうしよう!でも具体的にどうするの?・・・海外無修正サイトよ!英語のスペルは・・・あ!え!ええええ?こんな風にするの?こんなものゴックンするの?いや~ん、私、できるかしら?美久さん、ヘベレケになったって言ってたわね?私もお酒飲んじゃおうかしら?・・・あああ、あの天然め!ペース狂うわ・・・って、あ!遅刻しちゃう!)


(カエデちゃんが帰る前に家に着いたほうがいいよなあ。ぼくが下着なんか買ってやるからこうなったんだよなあ。節子の口車に乗らなきゃよかった・・・でも、カエデちゃんにどういう顔で会えばいいのか。ゴックンされちゃったし。困った)


 玄関のドアが開いた。ぼくは覚悟を決めて玄関に行った。高校の制服姿のカエデが靴を脱いでいる。平静をよそおって「カエデちゃん、お帰り」という。カエデは下を向いて「ただいま」と言ってぼくの横をすり抜けて二階の自分の部屋に行ってしまった。(なんか、マズイじゃん)


 ぼくがダイニングテーブルでお茶を飲んでいると、カエデが二階から降りてきた。最初にカエデが家に来た時のようなグリーンのタンクトップにノーブラ。ボトムはトップに合わせた同色のショートパンツ。この格好はぼくに迫るヤツだ。ムスッとしてぼくの正面に座る。


「お兄!」

「ハイ」

「一線は超えなかったんですね?」

「ハイ、超えてません」

「でも、その手前まで・・・ゴックンまではされましたね?」

「申し訳ない。ぼくが下着なんか買って、酒なんか飲ますからそうなったんだ。ゴメン」

「学校でつくづく考えたんだけど、まさか、お兄つかまえて、さっゴックンします、横になっては無理です。だから、安心して下さい。私はあんなこと唐突にできません!」

「え?『あんなこと』ってカエデちゃん、知ってるの?」

「グーグルで調べました。美久さんがゴックン、ゴックン、って言うから思いつかなかったけど、その前にパックンがあるじゃないですか?」

「・・・」

「パックンの前にはいろいろあるじゃないですか?お兄と私もちょっとしたけど・・・」

「ハイ・・・」

「だから、そういうシチュエーションにならないと、今晩急にゴックンできません」

「・・・そ、そうだよね?」

「ですから、私は、パックン、ゴックンの権利保留を宣言します!」

「・・・カエデちゃん、それ何?」

「そういうシチュになったら、ゴックンまでできる、というジョーカーの札」

「・・・カエデちゃーん・・・」


 下を向いていたのに、急に顔をあげてカエデがニッコリして「って、ウソよ。お兄、あそこまで天然の美久さんには敵わないって私わかった。対抗できません。お兄は諦めます。戦線離脱。私はお兄みたいな人を探すわ。でも、お兄も手伝って、誰か紹介して。ね?それまでは、キスの練習台はしてもらうわ。せめてそれくらいしないと。それくらいは美久さんは私に借りがあるでしょ?」

「カエデちゃん・・・」ホッとするやら、少し残念な気持ちがする。


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「さって、美久さんに電話をかけないと。敵はどこにいるんだ?・・・あ!不動産屋さんの事務所か自宅ね?」とLINE通話してしまう。

「もしもーし、美久さん?」と明るい。

「・・・楓さん・・・」と小さな声の美久さん。

「お兄といるの」

「・・・知ってます」

「あ!早速位置情報を確認したわね?」

「ハイ・・・」

「あのね、もうゴックンしました!」

「えええ!」

「ウソです。安心して。美久さん、よく聞いて。私、もう降参です。撤退します。お兄は美久さんに差し上げます」

「楓さん、急にまた、どうして?」

「お兄がほんとうに美久さんのことが好きなんだなぁ~って思う。私、勝てない。私はお兄に紹介してもらって、お兄みたいな人を見つけます。まったく、もう、美久さんみたいな人には対抗できません。でも、いいや、美久さんは私のお姉さんになるんだから。美久さん、お兄をよろしくね」

「楓さん・・・」と美久はもう涙声になっている。

「今晩は夕食すましたら、お兄は北千住に帰ってよし。放免する。もうね、パックンでもゴックンでも勝手にやって。最後までやっちゃって!・・・わぁ~ん、悔しい・・・」とアイフォンをぼくに差し出してカエデはベソをかいている。今日はみんな泣く日か?


 アイフォンを受け取って「美久、もしもし」「タケシさん、ど、どうなったの?」「ぼくにもわからないけど、こうなった」「楓さんにすまない・・・」と言っていたら、カエデにアイフォンを引ったくられた。


「美久さん、最後にチューくらいしますからね!私の気がすまないから、チューくらいさせてね。じゃあね」と通話を切ってしまう。


「ああ、もう悔しい。お兄が北千住に帰る前になにか食べよう。店屋物取ろう。もう、バクバク食べる。お兄、おごりだからね。うなぎ食べちゃう。お兄、『神泉いちのや』に上うな重、注文して!」と言った。


 ぼくは上うな重を二つ注文した。注文している最中にカエデが「あ!お兄、肝焼きと骨せんべいもね!」と言われて追加。ひぇ~、二万円近い出費。カエデは上うな重をバクバク食べて「お兄、酒!」と言われて彼女は酒も飲んだ。ぐい呑越しに睨みつけられた。


 家を出る時、カエデに日本酒とうなぎ臭いチューをされた。


「バイバイ、お兄」

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