機械仕掛けの滅びの美学

丹寧

一 機械仕掛けの国


 ――天文時計オルロイの天地重なりし時、王の血脈を絶つべき乙女生まれぬ。


 ささいなとがで警吏に連行された辻占つじうらが、恨めしそうにつぶやいた予言でございます。

 実はその三日前に王都の天文時計が止まり、二つの針が重なったまま数時間を過ごしたばかりでございました。


 太陽の模型を先端に掲げた針と、地球を掲げた針とが、同じ位置で止まったのです。時計の停止は間もなく王城の知るところとなり、すみやかに対処がなされました。


 担当の官人が、動力技師を務める王子、オタカルに事態を報告いたしました。オタカルは何年ぶりかに外へ出られると知って狂喜したのですが、それをおくびにも出さず、うやうやしく馬車に乗り込みました。そして市庁舎前の広場で、おごそかに馬車を降りたのでございます。


 広場には人っ子一人ありませんでした。先に着いていた衛兵たちが、あらかじめ市民を追い出していたからです。周りの建物からも人が立ちのいたので、窓からオタカルを覗き見る者もありませんでした。


 侍従に付き従われ、彼は時計塔に入りました。石の螺旋階段をのぼり、いくつも歯車が絡みあう機構の裏側に立つと、濃紺の硝子の文字盤を通った陽光が彼に降り注ぎます。夜空の色をした光は、幾重もの歯車の影を塔内に落としていました。


 オタカルはしばらく見惚れていましたが、やがて最も近い歯車に手を触れました。歯車は間もなく動き出しました。遅れていた時刻表示はほどなくして現実に追いつき、思い出したように正午の鐘が鳴ります。


 天道も黄道も、すべてあるべき位置に戻りました。しかしオタカルは、仕事の出来栄えを確認する間もなく、ふたたび馬車に押しこまれていました。日曜だったので、市で儲けそこねた利益を取り戻したい市民が広場に戻るのを、これ以上止めるわけにいかない。それに、オタカルが市中に出るための警護の手間はばかにならなかったのです。


 哀れな王子は、惜しみつつも広場をあとにし、王城の中ほどにある塔に戻りました。その後葬儀のときが来るまで、オタカルは二度と城を出ませんでした。






 オタカルが三十五歳になるころには、姪にはすでに琥珀姫ヤンターの愛称がついていた。栗色の豊かな髪によくなじむ、琥珀色の目を持っていたからだった。

 当時モラヴェッツ家で彼のほかに唯一、動力を吹き込む力を持っていたヤンターは、必然的にオタカルの後継となった。


 幼少のころに動力を持つと判明してすぐ、ヤンターは隔離され、ひっそりと育てられた。同じ年頃の子どもと遊ぶこともなく、着飾って社交に出ることもなかった。着るのは作業の邪魔にならないブラウスと、丈夫な生地で裁たれたスカートだけだ。


 オタカルの塔に面した、王の庭の片隅の家で、彼女は来る日も来る日も機械のいろはを学んだ。発条ぜんまいを巻き、歯車を磨き、時々オタカルについて回った。知らせを受けて、止まった機械のもとに駆けつけ、彼が手を触れると何でも元通り動いた。


 ヤンターたちモラヴェッツ家の者以外、機械に力を吹き込める人間はいないらしい。そのかわり水や、人の力を借りてどうにか物を動かすと聞かされていた。

 だが、水を使えば金属はさびるし、木や石は摩耗する。人力を操るには手間が多い。触れるだけで意図のとおり機械を動かせる力は、王城の複雑な機構を維持し、市場の天文時計を永久に支えられる、稀有な能力だった。


 昔はたくさんの王族が動力を宿せたが、年々数が減り、今はオタカルとヤンターのふたりだけになった。


「どうして私たちだけになってしまったの」


 ヤンターが訊くと、オタカルは一瞬複雑そうな表情をした。


「私たちは寿命が短いから」


 確かにオタカルは、若白髪や澄んだ灰色の目の寂しさだけでは説明しきれない、儚さを従えていた。ヤンターの侍医より老けて見える。体の弱い彼女には、幼少のころより侍医がついていた。


「なのに叔父上は、どうして結婚しないの」


 ずっと不思議だった。動力を持たない親から、動力を持つ子が生まれることもある。ヤンターもその一人だ。だがオタカルが子を持てば、ほぼ確実に動力を持つ子が生まれるのに。

 王都の春は暖かく、まばゆい陽射しがオタカルの顔を照らしていた。灰色がかった黒髪のはざまで、恵風に吹かれた光が踊る。弱りかけた肉体には眩しすぎるのか、彼は目を細めた。


「勤しむべき務めがあるから」


 オタカルはそれだけ言って、琥珀の目から視線を逸らした。彼が仰いだのはひばりが舞う空ではなく、百を越えるともいわれる無数の尖塔だった。


 オタカルやヤンターの力は、ほとんど国力そのものといえた。だから王城は、彼らを守るため躍起になって、灰色の石で築いた塔をいくつも建てた。どれが彼らの籠もる塔か、わからなくするために。数が多すぎて、すべての塔に役割が与えられたわけではない。使われなくなった時計の山が、ひっそりと眠るだけの塔もいくつかあった。


 その夜静かに、オタカルは眠りのなかで息を引き取った。歯車が回るのをやめるように、彼の心臓もまた、音もなく歩みを止めたのだ。

 ヤンターが十五歳のころのことだった。オタカルは天文時計をよみがえらせたとき以来に、王城の外へ出ることができた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る