第105話 添い寝寝起き美少女

 ピピピっとスマホの目覚まし機能が鳴り、意識が現実に呼び戻される。

 考え事をしているうちに、芳樹は深い眠りへとついていたらしく、起床時間になっていたようだ。

 アラームを止めるため、右手を動かそうとしたら、ふと重みを感じた。

 パっと目を開けて顔を右に向けると、透き通るような青い瞳が目の前に――


「おはよう芳樹」


 爽やかな笑顔でおはようの挨拶を交わしてきたのは、端正な顔立ちの美少女。

 女子寮小美玉じょしりょうおみたまの住人にして、現役女優の水戸瑞穂みとみずほちゃんである。


「おはよう……って、いつからいたの?」


 どうやら瑞穂みずほちゃんは、芳樹が寝ているうちに管理人室に忍び込み、いつのにか添い寝していたようだ。


「別に、いつだっていいでしょ」


 そう言って、瑞穂ちゃんは手を伸ばしてタイマーを止めてくれたかと思うと、そのまま芳樹の腕に抱きつき、顔をすりすりとこすりつけ始めた。


「ちょっと瑞穂ちゃん、起きられないんだけど……」

「あと五分」

「それ、絶対に二度寝する人の常套句じょうとうくだよね?」

「芳樹成分注入中」


 瑞穂ちゃんは、ぎゅーっと腕に抱き付きながら、甘ったるい声で訳の分からないことを言い、芳樹から離れる気配は微塵みじんもない。

 芳樹は思わずため息をいてしまう。


「本当にあと五分だけだよ? じゃないと、霜乃さんが起こしに来ちゃうから」

「ふーん……芳樹は寝坊しても、霜乃さんに起こしてもらってるんだ」


 意味ありげな視線で芳樹を見上げる瑞穂ちゃん。


「いやっ、霜乃さんが過保護なだけだよ」

「ふんっ……どうだか」


 瑞穂ちゃんは拗ねてしまったのか、ぷいっと顔をそらしてしまう。

 それでも、芳樹の腕はぎゅっと掴んだまま、離す気配は全くない。

 芳樹ははぁっとため息を吐きつつ、瑞穂ちゃんの頭をポンポンと撫でてあげる。

 すると、瑞穂ちゃんはまんざらでもなかったのか、肩をきゅっとすくめて芳樹の腕にすりすり頬ずりを始めた。

 時折見える瑞穂ちゃんの横顔は、口元が緩み切っていて、とても幸せそう。

 しばし優しく瑞穂ちゃんを撫で続け、ふと時間を確認した。

 既に五分を過ぎていたけれど、こんな嬉しそうにしている瑞穂ちゃんを見てしまうと、まだまだ甘やかしてしまいたくなってしまう。

 しかし、芳樹は心を鬼にして、首を横に振って自分を奮い立たせた。

 すっと手を離すと、物寂しそうな顔ですがるような目を向けてくる瑞穂ちゃん。

 それがまた愛おしくて、芳樹はまた手を伸ばしかけたがぐっと手をこらえた。


「さてと、起きるか」


 瑞穂ちゃんに抱きつかれている腕をすっと抜き取り、ぐっと両腕を上げて伸びをする。


「むぅ……」


 まだ瑞穂ちゃんは不満そうに頬を膨らませていたけれど、諦めたのかふぅっとため息を吐いた。


「もう少し贔屓ひいきしてくれてもいいのに……」


 そんな小言が聞こえてくるけど、芳樹はあえて聞こえないふりをする。


「瑞穂ちゃんもいつも通り学校でしょ? 部屋に戻って準備しておいで。俺も朝食の支度をしに行くから」


 芳樹はベッドから離れると、そのまま管理人室の出口へと向かう。


「はーい」


 渋々と言った感じで返事を返した瑞穂ちゃんもベッドから下りて、芳樹に続いて管理人室を後にする。


「それじゃあ、また後でね」

「うん……」


 まだ眠そうな目を擦りながら階段を上がって行く瑞穂ちゃんを見送り、芳樹は一旦トイレへと向かう。

 一人になった途端、昨日母に言われたことを思い出してしまい、再び思考が悩み出す。

 芳樹の今抱えている問題は、多くの選択肢がありすぎて一つに絞り切ることが出来ない。

 しかし、選ばなければいけないからこそ、芳樹は自分の素直な気持ちを慎重に踏まえて、結論を出していきたいと思った。

 改めて自分の心の中に問う。

 一体芳樹は、どういった立場で彼女たちと向き合っていきたいのかということを。

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