第99話 重苦しい朝 

 翌朝、女子寮小美玉の共同リビングは、食器の音が鳴るだけで、会話一つ弾むことのない重苦しい空気につつまれていた。


「……」

「……」


 お互いがお互いをけん制し合い、様子をうかがうような空気読み。

 その元凶は、向かい合わせで座る二人のお姉さん組。


 スーツ姿の一葉さんとエプロン姿の霜乃さんの二人は、お互いに無言で笑みを浮かべながら、朝食を黙々と食べているのだ。


「ご、ごちそうさまです……」


 一番乗りに朝食を食べ終えた瑞穂みずほちゃんは、食器を片しに芳樹のいるキッチンへと足を向ける。

 そして、芳樹にちょいちょいと手招きをすると、耳元で話しかけてきた。


「ねぇ……あの二人、なんかあったの?」


 瑞穂ちゃんの問いに対して、芳樹も小声で返す。


「それが、どうしてか分からないんだけど、今日の朝からずっとこんな感じなんだよ」


 明らかに二人の間には、バチバチと火花が散っている。

 しかし、何が原因なのか、芳樹には分からなかった。


「ねぇ……ちょっと聞いてきてよ」

「えっ……俺が⁉」

「そりゃ、管理人なんだから、住人の揉め事を解決するのも仕事でしょ?」

「まあ、そうだけど……」

「ほら、ならとっとと行く!」

「えっ……ちょっと……!」


 瑞穂ちゃんに無理矢理背中を押されて、芳樹はお姉さん組のフィールドへと入れさせられる。


「あの……お二人とも、お味はどうですか?」


 いきなり直球で聞くのは憚られ、芳樹は無難な質問を繰り出す。


「えぇ、とっても美味しいわ。いつも毎朝ありがとう芳樹君」

「芳樹さん、本当にいつも私たちのために栄養バランスを考えて食事を作ってくれて嬉しいわ。もちろん、いつも手伝わせてもらっているけれどもね」


 なんだろう、二人共普通に感謝の言葉を返してくれただけなのに、凄い言葉の一つ一つに重みを感じる。


「と、とりあえず、お気に召しているなら良かったです。お二人とも無言で食べていたので、美味しくないのかと心配になりまして……」

「そ、そんなことないわ! あっ、そうだ芳樹君。それなら今度、いつもお世話になっているお礼に、オーナーとしてご褒美をあげるわ」

「ご、ご褒美ですか? いいですよそんなっ……」

「気にしないで頂戴。私がしてあげたいの。とっておきのを用意しておくから、期待して待っていてね」


 そう言って、芳樹に可愛らしくウインクをしてくる一葉さん。


「芳樹さん。それなら私は、後でとっておきのおもてなしをしてあげるわ。掃除が終わった後、楽しみに待っていて頂戴」


 すると、いつもと変わらぬおっとりとした口調ながらも、一葉さんに乗っかるようにして霜乃さんまで便乗してきた。

 再び、二人がいがみ合う。

 バチバチとバトルが繰り広げられているのが目に見えてわかる。


「あははっ……き、期待しないで待ってますね。それじゃあ俺は、瑞穂ちゃんを駅まで送ってきます」


 そう言って、瑞穂ちゃんへアイコンタクトを取ると、芳樹はリビングから逃げるように玄関へと向かう。


 管理人室でコートを羽織り、玄関で靴を履き、そのまま急いで寮の外へと出る。

 そこでようやく、身体に背負っていたような重苦しい空気感から解放された。


「はぁ……マジでなんなのあれ……二人の圧が強すぎて、めちゃくちゃ怖かったんだけど……」

「あれは本気の喧嘩ね。しばらくは続きそうだわ」

「結局、一葉さんと霜乃さんはどうしてあんな険悪なムードになってるんだ?」

「えっ? 分からなかったの?」


 瑞穂ちゃんは信じられないと言ったように、芳樹へ冷めた視線を向けてくる。


「えっ。逆にわかったの?」


 芳樹は首を傾げて、瑞穂ちゃんへ問いかける。

 すると、瑞穂ちゃんははぁっと大きくため息を吐き、呆れた様子でそのまま歩き出してしまう。


「ったく、これだから鈍感は……」

「えっ? 何か言った?」

「何でもない。ほら、さっさと行くよ」


 そう言って、いつものように芳樹の手を掴み、身体を寄せ合いながら駅へと向かっていく瑞穂ちゃん。


 この時、彼女の中にも負けられないという闘争心が生まれていることに、全く気付いていない芳樹なのであった。

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