第91話 巻き込まれ事故!?
芳樹の元へ一通の電話が掛かってきた。
相手は、実家である食事処『霞』のアルバイト店員であるつくしちゃん。
用件は来週都内に物件探しに行くので、その際に芳樹が働いている女子寮『
芳樹は丁度リビングでくつろいでいた一葉さんへすぐに確認を取ってOKを貰ったのち、つくしちゃんへ必要事項を伝えた。
電話を終えると、ソファに座ってバラエティー番組を観ていた一葉さんがリモコンを操作してテレビの電源を落とす。
「もう、そういう時期に差し掛かったのね」
「そうですね。なんだか一年があっという間ですね」
芳樹が女子寮の管理人になって三カ月が経過した。
これから三月から四月に向けて、出会いと別れの季節に差し掛かる。
つまりこの女子寮小美玉にも、多少なりとも住人の入れ替わりがあるということ。
かっしーと瑞穂ちゃんは、来年まで学生の身分なので、引っ越す可能性は少ないだろう。
一葉さんもここのオーナーを務めている以上、引っ越す可能性は皆無に近い。
霜乃さんはコスプレイヤー兼アルバイト店員としての地位を確立しつつある。
梢恵は
このメンバーだけで過ごせる時間も、あまり残されていないのだ。
何だかそう思うと、芳樹にとってこの濃密な三カ月間は、かけがえの無いもので、どこか思い出に浸るように、心の中に寂しさや虚しさを覚えてしまう。
「どうしたの芳樹君、そんな暗い表情を浮かべて?」
感情が顔に出ていたのか、一葉さんが首を
「いえ、何でもないです。ただちょっと、もしかしたらこのメンバーで一緒にいられる時間も限られているんだなと思うと、少し寂しい気持ちになりまして」
「なるほどね……まあでも、今のところ誰からも引っ越すような話を聞いた覚えはないから、今までと変わらないんじゃないかしら? まあ、新たなメンバーを加えることになるかもしれないけどね」
そう言って、一葉さんはにこりと微笑む。
「少しは安心したかしら?」
「えぇ、そうですね」
「まあこの時期は、寮の管理人にとっては色々と複雑な感情が生まれる頃合いだから仕方ないことよ」
「そうですね」
もちろん、芳樹も現実を受け止めている。
だからこそ、今この
「一葉さん」
「ん、何かしら?」
芳樹はすっと息を吸い込んでから、朗らかな笑みを浮かべた。
「これからも、何かとご迷惑を掛けるとは思いますが、何卒よろしくお願い致します」
気付けば、律儀に頭を下げていた。
「どうしたの急に?」
「いえ……なんだか今言っておきたい気分になったので」
「芳樹君らしくないわね」
「そうですか?」
「まあいいわ。これからも、管理人としての活躍、期待してるわよ芳樹君!」
そう言う一葉さんの表情はとても穏やかで、芳樹の心情を
翌日、いつものように瑞穂ちゃんを駅まで見送り、一葉さんと梢恵が仕事へと出かけて行った後、芳樹は寮内の掃除を霜乃さんと分担して行っていた。
すると、上の階からドスドスと騒がしい足音が響いてくる。
「た、大変っすよっぴー!」
足音の
かっしーは慌てた様子で階段を
「おはようかっしー。そんなに慌ててどうしたの?」
階段を降り切ったかっしーは両手でスマホを抱えながら、プルプルと手を震わせており、明らかに動揺している様子だ。
「この前の面接、なんか知らないけど受かっちゃったんすよ」
「えっ? それって、面接官に笑われたって言ってた所?」
「そうっす! どどどどどうしたらいいっすか⁉ うち完全にもう落ちたと思ってたから、全然次の面接対策とかしてないんすけど!」
「落ち着いてかっしー。よーく考えてみて? かっしーがその会社の仕事に憧れてて、入社したい気持ちがあるならいいんだけど、もしその会社から内定を貰って入社することになったら、面接のときに鼻で笑ってきた面接官の人達と一緒に仕事をすることになるかもしれない。年下だからって理由だけで、人を
かっしーは視線を上の方へ向ける。
どうやら、頭の中で自分がその会社に入社した時の想像を巡らせている様子。
数秒後、ピクリと眉が動く。
そして、底冷えしたような顔で嫌悪感を示した。
「いやっす。そんな人たちと一緒に仕事したくないっす」
「なら、その会社はかっしーにとって魅力ある会社ではないわけだから、『他社で内定を貰ったので、今後の面接は辞退させていただきます』って言うべきだね」
「で、でも! うち内定一社もまだもらってないっすよ!?」
「時には自分に有利な建前も必要なんだよ。内定を貰ってなかったとしても、魅力ない会社に内定欲しさに面接に行くだけ、時間の無駄だからね。確かに内定を保険として保持していたほうが気持ち的には楽だけど、諦めた時の代償は大きいから」
「よっぴーって、
「まあ、正直に言っちゃうと、自分が当事者じゃないからかな。物事を客観的に捉えられるし。あとはまあ、自分も就職活動は失敗している身だからね。かっしーに同じ道を歩んで欲しくないっていう俺の身勝手な親切心みたいなものだよ」
「……なるほど。やっぱりよっぴーは
「仙人かどうかは分からないけど……。まあでも、どこかしら内定を貰っておいた方がかっしーのメンタル的には楽だろうから、今後の練習としてなら面接に進んでみてもいいとは思うけどね」
「結局どっちなんすか⁉」
「あははっ……まあかっしーの気持ち次第ってことだよ」
芳樹に決める権利はない。
仕事選びも自分の人生だ。
結局決めるのは、かっしー自身であり、芳樹は経験から得た知識を使って、アドバイスをすることしか出来ないのだから。
しかし、かっしーは納得のいかない様子で頬を膨らませている。
「うちにとっては、よっぴーはもう人生の一部なんすよ? そのことをちゃんと理解して欲しいっす」
「えぇ……それは荷が重いんだけど……」
「誰のせいだと思ってるんすか! よっぴーが所構わず色んな人に親切にするからいけないんすからね⁉」
「それってつまり、俺のせいってこと?」
「そういうことっす! だから、うちの
そう言ってビシっと芳樹を
「もしこれでどこからも内定貰えずに
さらに、芳樹の責任が重大になった瞬間である。
かっしーの就職活動。
芳樹まで巻き込まれて、
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