第86話 照れるかっしーと変わらぬ温かさ

 芳樹が再びかっしーの就職活動を手伝い始めて、一週間が経過した。

 女子寮の玄関前には、リクルートスーツに身をつつんだかっしーが緊張した面持ちでヒールを履いていた。


「ヤバイ、なんか異様に緊張してきたっす」

「大丈夫だよ。ちゃんと面接の練習もしたし、その通りに答えれば問題ないよ」

「でも……」


 震えるかっしーの手を、芳樹はぎゅっと包み込むように掴む。


「大丈夫。自信を持ってかっしー。俺たちの汗と涙の結晶を思い出して」


 この一週間、かっしーは芳樹と一緒に、企業選びから面接対策に加え、自己分析とエントリシートの記入、履歴書の自己PR文など数多くのことをこなしてきた。

 その努力は、必ず報われるはずだ。芳樹はそう信じている。


「それでも、もし受からなかったら……」

「それはもう仕方ないよ。『あぁ、この企業は私と価値観が合わなかったんだな』って諦めて、次に切り替えるしかないね。かっしーが負い目を感じて落ち込む必要は一切ないし、気にしないようにしよう」

「そうは言われても、やっぱり落ち込むものは落ち込むし、気にするっすよ。どこか悪かったんじゃないかって」


 不貞腐ふてくされたように唇を尖らせるかっしー。

 まあ確かに、何かに当選したり落選したりするのは、一喜一憂いっきいちゆうするものである。


「かっしーは何も悪くないよ。むしろかっしーの素敵な魅力に気づけない、その企業がどうかしてるって思ってやれ。まあそれでもかっしーが気落ちするようなら、俺が慰めてあげるからさ」

「どうやってっすか?」

「そりゃまあ、想像にお任せします」

「それじゃあ……後ろからギュってして、頭を撫でながら『よく頑張ったね』って慰めて欲しいっす」


 小声で、そんな可愛らしいことを言いながら頬を染めるかっしー。

 そんなピュアさがなんだか新鮮で愛くるしくて、芳樹は思わずかっしーの頭をガシガシと撫でてしまう。


「なっ、やめてくださいって!」


 さらに顔を真っ赤にして照れるかっしー。



「い、今は要求してないっつーの」

「別にいいじゃん。ただ俺からの頑張っての気持ちだよ。応援しか出来ないからね」

「……だからよっぴーはたらしなんすよ」


 ぶつくさと文句を言いつつも、かっしーは芳樹の手から離れる気はないようで、されるがままに頭を撫でられ続けている。

 思う存分かっしーの頭を撫で終えると、かっしーはふにゃふにゃな顔をして満足そうな笑みを浮かべていた。

 すると、はっと我に返ったのか、頬を真っ赤に染める。


「い、行ってきます!!!」


 恥ずかしさに耐えられなかったのか、慌ててがしゃりとドアを開け放ち、そのまま逃げるように面接へと出かけて行った。


「怪我しないようにね」

「分かってるっすよ!」


 文句を言うようにぷくりと頬を膨らませながらこちらを振り返ったかと思うと、すぐに踵を返して、逃げるように駆け足で駅へと向かって行ってしまった。

 やっぱりかっしーは、表情の変化が豊かで面白いなぁー。


「随分と加志子ちゃんと仲良くなったじゃない」


 かっしーを見送り終えたら、玄関の後ろでその様子を見ていたのか、洗濯かごを手に持った霜乃さんに声を掛けられた。

 芳樹は振り返って、霜乃さんへ頭を下げる。


「霜乃さんのアドバイスのおかげです。本当にありがとうございます」

「いいえ。私はただ、当たり前のことを言ったまでよ」


 そう言って、さも当然かのように言って見せる霜乃さん。

 やはり霜乃さんの包容力は、一味違うなと改めて実感する。


「これからも何か悩んでいることがあったら、いつでも言って頂戴。相談に乗るわ」

「はい、ありがとうございます」

「私はいつでも、芳樹さんを甘やかしたいと思っているから、膝枕も楽しみにしていてね」

「それはまあ……他の人に見られたら色々とまずいので自重しておきます」

「あら、残念」


 残念そうにしゅんとした顔を浮かべる霜乃さん。

 そういう顔をされると、こちらは苦笑いを浮かべることしか出来ない。

 でも、小美玉ここの住人は、管理人の芳樹のことも仲間であり家族同然だと思ってくれているという温かさを感じた。

 次からは、何か悩み事が起こったら、真っ先に相談しようと心に誓った芳樹。

 かっしーの就職活動が無事に上手くいくことを願いながら。

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