第74話 お金持ち一葉さん

 翌朝、支度を整えた芳樹たちは、一葉さんの車に乗り込み、八雲さんの住んでいる自宅へと向かっていた。

 一葉さんからの告白を受けた芳樹。

 あの後、まるでOKを貰って浮かれるラブラブカップルのように、二人はぴったりとくっついてじゃれ合った。

 しばらくして、一葉さんは疲れがたまっていたのか、スイッチが切れたようにスヤスヤと寝てしまったので、芳樹は一葉さんに毛布を掛けてあげて、そのまま隣の布団に寝転がって眠りについた。

 一夜の戯れと言っていい代物ではないけれど、一葉さんが満足したのならいいと思う。

 助手席に座り頬杖をつきながら、ちらりと一葉さんを見つめる芳樹。

 真剣に前を見据えて運転している横顔は、とても端正な顔立ちで綺麗だった。

 しばらく、まじまじと一葉さんの運転姿を眺めていると、一葉さんがモジモジと居心地悪そうに身をよじる。

 そして、眉をひそめて芳樹を睨み付けてきた。


「あの……芳樹君。あまりじろじろと見ないで頂戴。運転に集中できないわ」

「ご、ごめんなさい……」


 一葉さんに注意されて、芳樹は咄嗟に視線を逸らす。


「ふふふっ……初々しいわね」


 そのやり取りを、後部座席に座りながら微笑ましそうに眺めている母。


「昨日、何かいいことでもあったのかい?」

「な、なんもねぇよ」

「ふぅーん……」


 にやにやとした笑みを浮かべる母の視線に耐えられず、芳樹はぷぃっと視線を前に向けた。

 その後も一葉さんと世間話を交わすたびに、後部座席に座る母は、二人の様子を一歩引いたところから、微笑ましそうに見つめていたのであった。


 高速のインターチェンジを降りて、一般道をしばらく走行。

 大通りの信号を右折して細い道へと進んでいく。

 ここは、都内でも有数の高級住宅地。

 多くの芸能人や著名人が住んでいると言われている住宅街の一角で、一葉さんは車を止めた。


「ここよ」


 一葉さんが見上げる先にあるのは、白い大きな家。

 流石に漫画で出てくるようなお屋敷のような門構えに広い庭先には噴水があって、みたいな幻想的な家ではなかった。


「意外と普通の家なんですね」

「芳樹君は、一体どんなのを想像していたのかしら?」

「そりゃもう、某財閥のお嬢様が住んでいるようなお屋敷ですよ」

「あんなの、都内にあるわけがないでしょ。フィクションよ」

「なんか、今凄い夢をぶち壊された気分です」


 お金持ちのイメージが芳樹の中で砕け散った瞬間だった。


「そんなどうでもいいことで落ち込んでないで、これから大切な説得が待っているのだから」


 そう言いながら、一葉さんは家の裏に車を走らせる。

 家の裏には、シャッターでざされたガレージのような場所があり、一葉さんはその前で車を停車させた。


「ここでちょっと待っていて頂戴」


 慣れた様子で車を降りた一葉さんは、シャッターの隣にある扉を開けて、中へと入っていく。

 しばらくすると、シャッターがガラガラと音を立てて、自動で上がっていく。


「おぉ……」


 芳樹は思わず感嘆の声を上げた。

 無理もない。

 ガレージの中には、ずらりと高級車の数々が並んでいたのだから。

 金持ちはよく高級車をたくさん持っていると言うが、それは例外ではなかったらしい。

 誰もが憧れるベンツやマクラーレン、ランボルギーニなどの外車がずらりと並んでいる。


「うわぁ……すげぇ」


 芳樹が感動していると、一葉さんが車内へと戻ってくる。


「あら、どうしたの? そんなに目を輝かせて」

「いや……だって、凄いじゃないですか。高級車ばかりで」

「まあ、一応大手企業の社長だからね。これくらいは持っていて当然よ」

「一葉さんってやっぱりお金持ちだったんですね」

「何よいきなり……。さっきは家を見て幻滅してた癖に……」


 改めて一葉さんがお嬢様であることを実感した芳樹。


 そのまま一葉さんはガレージに車を駐車させて、芳樹たちに降りるよう促した。

 芳樹は車から降りてガレージを見渡す。

 ガレージには高級車だけでなく、何やらサーフボードやゴルフバッグのようなアウトドア用品や、メンテナンス用の工具のような物も沢山置いてあった。

 どうやら八雲さんの趣味らしい。


「こっちよ」


 芳樹がガレージの中を物珍ものめずらしそうに眺めながら、一葉さんに案内されたのは奥にあるドア。

 どうやらここから直接、家の中へとつながっているようだ。


「さっ、入って頂戴」

「お、お邪魔します」


 恐る恐るガレージの裏手口から八雲さんの住んでいる家の中へと入る。

 ドアをくぐると、目の前に現れたのは、まるで西洋のお屋敷のようにオシャレな内装だった。

 外観の景観とは大違おおちがいの豪邸に言葉を失う芳樹。


「お待ちしておりました一葉様」


 すると、一人の女性が一葉さんの前へ現れた。


「お疲れ様。父はいるかしら?」

「はい、只今応接室にてお待ちしております」

「分かったわ。お客様よ。案内して頂戴」

「かしこまりました」


 事務的な会話を終えて、一葉さんより少々年配の女性が丁寧に挨拶を芳樹たちへ交わしてくる。


「こちらで使用人として働いております守谷もりやと申します」

「つ、土浦芳樹つちうらよしきです。こちらは私の母で……」

土浦清美つちうらきよみです」

「存じ上げております。それでは早速、八雲様の元へご案内いたします」


 最低限の自己紹介を終えて、使用人の守谷さんはスタスタと歩いて行ってしまう。

 歩いている途中で、芳樹は一葉さんに小声で話しかける。


「使用人いらっしゃったんですね」

「まあね。守谷さんはお母様の世代からずっとこの家の使用人を務めてくれているのよ」

「す、凄い……」


 ここにきて改めて、一葉さんが雲の上の存在なんだなということを実感してしまう。

 今から八雲さんを説得しに行くにしても、身の程をわきまえろと言われて門前払いされそうな雰囲気すら感じる。

 圧倒的アウェイ感に気圧されながら、階段を上った先にある応接室の前で守谷さんが立ち止まった。


「こちらになります」

「ありがとう、守谷さん」


 一葉さんがお礼を言うと、守谷さんは丁寧にお辞儀をしてから、一歩後ろへと退いた。

 ふぅっと息をついて、一葉さんがくるりとこちらを振り向く。


「準備はいいかしら?」

「は、はい……」


 芳樹は、そう答えることしか出来なかった。

 それもそのはず。

 これほどまでに身分の違いを見せつけられてしまったら、心の準備など整えている暇などないのだから。


「それじゃあ、行くわよ」


 そう言って、一葉さんはコンコンコンっと扉を三回ノックした。


「はい」


 中から、八雲さんの声が聞こえてくる。


「失礼します」


 そう言って、一葉さんが扉を開け放つ。

 一葉さんの運命と女子寮小美玉じょしりょうおみたまの未来をかけた、一世一代のバトルが今まさに開戦しようとしていた。

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