第59話 運命の話し合い①
急ピッチで加筆した部分があるので、誤字・脱字があるかもしれません。
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翌日、いつものように寮の掃除を終えてリビングで昼食の準備を始めようとしたところで、一葉さんが霜乃さんを連れてリビングへと入ってきた。
「芳樹君、一旦昼食作りの手を止めてこっちに来てくれるかしら」
「はい、わかりました」
一葉さんに言われた通り、芳樹は昼食作りの手を止めて、リビングの席へと着いた。
三人が席に着いたところで、一葉さんが口を開く。
「霜乃の意向は私も共有したわ」
どうやら霜乃さんは、一葉さんにも鉾田と別れたいという意向を伝えたらしい。
「明日行われる話し合い、私達としては是が非でも離婚の結論を出すつもりで挑むわよ」
「はい……」
「えぇ」
芳樹と霜乃さんが緊張した面持ちで一葉さんを見つめる。
「その上でなのだけれど……」
そう言った矢先、一葉さんは悩ましい表情を浮かべてしまう。
「どうしたんですか?」
「……何か、違和感があるのよね」
「というのは?」
「ほら、今まで霜乃との離婚調停って、私が弁護人を通して行ってきたのよ。そこで鉾田さんは、『霜乃と二人きりで会わせてくれ』の一辺倒だった。それが、いきなり意見を翻して私と芳樹君同伴でいいから霜乃と話し合う機会を設けさせて欲しいとお願いしてきたことに、ちょっと違和感があってね」
「そうですか? この前女子寮に乗り込んできた時、俺と一葉さんが圧を掛けたので、これは一筋縄ではいかないかと思ったんじゃないですか?」
「あなたも鉾田さんの往生際の悪さは知っているでしょ? そんな簡単に自分の意見を曲げる人だと思う?」
「確かに……そう言われるとそうですけど。どうしても霜乃さんに何か直接伝えたいことがあるんじゃないですか?」
「うーん……そんな単純な話じゃないと思うのよ。もっとこう何か、嫌なものが裏で動いているような気がするの……」
納得いかない様子の一葉さんが首を捻る。
「あっ……」
すると、霜乃さんが何か思い出したような声を上げた。
「霜乃さん、どうかしました?」
「いや……もしかしたら、これがヒントになるんじゃないかしらと思って」
そう言った霜乃さんは、身を乗り出して、まるで内緒話をするようにひそひそと話し出す。
霜乃さんの話を聞き終えた芳樹と一葉さんの頭には、一つの思考が浮かび上がっていた。
「もしかしたら、私達は初めから彼の手のひらで踊らされていたのかもしれないわね」
「えぇ……そうかもしれません」
どうやら今回の話し合い、一筋縄ではいかないようだ。
思った以上に複雑な問題が絡んでいる。
その答えを導くためのヒントをくれた霜乃さんには、感謝しかない。
もし気づかずに望んでいたら、危うく三人とも滅ぶところだったかもしれないのだ。
結局その日は、明日の話し合いの準備に一晩中時間を費やすことになった。
そして、ついに迎えた話し合い当日。
一葉さんの車で向かっているのは、話し合いが行われるオフィスビル。
そこで本日、鉾田と霜乃さんとの話し合いの場が設けられる。
心なしか、霜乃さんは緊張しているように見えた。
芳樹は隣に座る霜乃さんの手をぎゅっと優しく握り締める。
「霜乃さん、安心してください」
「ありがとう芳樹さん」
「いえっ……これも、管理人としての役目ですから」
「そんなこと言って……ちゃんと後で責任は取ってもらうからね」
後部座席で二人がそんなやり取りを交わしていると、一葉さんが運転する車はいつの間にか駐車場へと入り、空いたスペースに車を駐め終えていた。
「さっ、着いたわよ。二人とも降りて頂戴」
一葉さんに促されて、二人は車を降りる。
「こっちよ」
一葉さんが車の鍵を閉めると、二人を手招きして先頭を歩いていく。
芳樹と霜乃さんは、一葉さんの後を追って、目的地へと向かった。
連れていかれたのは、とある都内にある高層ビル。
そのオフィスのとある階でエレベータを降りる。
一葉さんは勝手知ったる様子で、そのままトコトコとオフィス内の廊下を歩いていく。
しばらく歩いたところで、とある入り口のドアで立ち止まった。
「ここよ」
どうやら本日の話し合いの場は、この面会室で行われるらしい。
霜乃さんは、ふぅっと一つ息をついて覚悟を決めた様子。
その表情にはもう迷いは見られない、むしろ、どこか確固たる決意すらも感じられる。
一葉さんがコンコンコンっとノックすると、中から『どうぞ』という男の人の声が聞こえてきた。
「失礼します」
一葉さんが扉を開けて中へと入っていく。
芳樹と霜乃も後に続いた。
中には、既に弁護人とスーツ姿の鉾田の姿があった。
鉾田は軽く一礼してから、視線を霜乃さんに向ける。
一年ぶりに再会した霜乃さんの顔を見つめ、ふっと表情を和らげた。
「久しぶりだね、霜乃……」
「えぇ……久しぶりね」
寮に強襲してきた時とは打って変わり、鉾田は気持ち悪いほどに穏やかな表情をしていた。
恐らく、これが鉾田の表だった顔。
女を堕とすための術なのだろう。
そこにいる鉾田は、まるで別人のようだった。
「さっ、お二人も座ってください。早速話し合いを行いましょう」
一葉さんは、鉾田の皮の被りように困惑している様子。
しかし、芳樹は終始冷静に、霜乃さんに耳打ちした。
「気を付けてください。あれは正体を装った偽物の人格です。本性は霜乃さんも知ってる通り、極悪非道であることを忘れずに」
「えぇ、分かってるわ」
霜乃さんは芳樹に相槌を打ってから、椅子へと腰かけた。
左から一葉さん、霜乃さん、芳樹の順に座り、対面側には鉾田が一人肩身を狭くして座っている。
この場所は、一葉さんの弁護人の事務所らしく、隣のブースでは万が一の場合を備えて、一葉側と鉾田側の弁護人がそれぞれ控えてくれているとのこと。
「先日は、非常識な行動で皆さまに多大なるご迷惑をおかけしてしまった事、深く反省しております。大変申し訳ありませんでした」
開口一番に、鉾田は謝罪の意を述べてくる。
「その件につきましては大変遺憾に思っております。今まで積み上げてきた関係をあなたの方から崩したのですから」
「はい……その節は大変ご迷惑をおかけしたしました。大いに反省しております」
律儀に頭を下げる鉾田。
芳樹は鉾田の腰の低さに気持ち悪さすら覚えてしまう。
流石は手段を選ばない鉾田といったところだろうか、不気味すぎておぞましい。
「勘違いしないでください。本日は霜乃の方が、あなたに直接お話ししたいことがあるとのことで、この場を設けたに過ぎませんので」
「はい……かしこまりました」
一葉さんが鉾田に圧のある牽制を入れ終えると、鉾田がすっと顔を上げて霜乃さんを見つめた。
「霜乃……元気だったか?」
「えぇ……おかげさまで。あなたこそ、ちゃんとした食事は摂っていたの?」
「まあ、ぼちぼちね」
そんな他愛のない夫婦の会話。
こんなときにも鉾田を気遣う心を見せるのは霜乃さんらしい。
けれど、一年間という空白期間は、二人の間に明らかな距離というものを生じさせていた。
「それで……俺に話したいことがあるって聞いたんだけど、なにかな?」
意を決したように、鉾田が本題に踏み込んできた。
「えぇ……」
霜乃さんは、目を閉じて一つ息をついてから、すっと顔を上げ、鉾田を真剣な面持ちで見つめた。
「今日は、私の意向を伝えに来たの」
「うん……それで?」
「私は……」
そこで、霜乃さんは言葉に詰まってしまった。
芳樹は心配した目を霜乃さんへ向ける。
けれど、芳樹の心配は杞憂だったらしく、霜乃さんは喉を鳴らすと、吐き捨てるように言い放った。
「私は……あなたとの関係を終わらせたいと思っているわ」
霜乃さんの言葉により、話し合いのゴングが鳴り響いた。
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