第44話 はしゃぐ霜乃さん

 霜乃さんと電車に乗って向かったのは、終点のターミナル駅。

 この駅で電車を乗り替えれば、都心へと向かうこともできる。

 駅前のロータリーには、映画館やショッピングモールも隣接しており、多くの人で駅前は混雑していた。


 芳樹と霜乃さんは、人の波を掻き分けながら、目的地の映画館の入っているビルへと向かう。

 エレベーターでビルの上層階へと上がると、流石はクリスマスイブの夜といったところだろうか、多くの人でごった返していた。


 芳樹たちの見る映画は既に決まっており、チケットもネットで予約済み。

 事前に送られてきたQRコードを自動発券機にて読み取らせると、チケットが二枚受け取り口から出てくる。


 霜乃さんがどうしても芳樹と一緒に観に行きたいと言った映画は、今世間で知らない人はいないであろう爆発的人気を誇る某アニメの劇場版。

 まさか、霜乃さんがこの映画をチョイスするとは意外だった。


「霜乃さんって、アニメとか興味あったんですね」

「えぇ……実は私、昔から結構アニメとか漫画が好きで、よくコスプレなんかもしていたのよ」

「えぇ!? そうなんですか!?」


 霜乃さんの意外な趣味に、芳樹は驚きを隠せない。


「うふふっ、意外だったかしら?」

「そりゃもう、凄く意外です」


 すると、霜乃さんが含みのある笑みで芳樹の耳元へ顔を近づけてくる。


「それなら今度、昼間二人きりの時、コスプレ姿を披露してあげてもいいわよ」


 魅惑的な提案に、芳樹の妄想が頭の中で膨らむ。


「ちなみに、どういったコスプレを……?」

「そうね……制服とか戦隊ものとか、衣装は色々あるわよ。もちろん、露出度高めの過激なヤツもね♪」


 芳樹は思わず霜乃さんの露出度の高いコスプレ姿を想像してしまい、生唾を呑み込んでしまう。


「ふふっ、今度皆には内緒で見せてあげるわね」


 霜乃さんはウィンクをして芳樹にコスプレ衣装を見せる約束を取り付けると、またもリードするように芳樹の手を引いていく。


「それじゃあ、早速劇場へ入りましょ!」


 そう言ってゲートへと向かう霜乃さんは、どこか浮足立っていてデートを楽しんでいる様子だった。


 劇場の中へ入ると、席は結構お客さんで埋まっていた。

 そのほとんどがカップルで、流石クリスマスイブといったところだろうか。


 芳樹と霜乃さんも指定の座席に隣り合わせに座り、コートを脱いで座席の前に荷物を置いた。


「飲み物買ってきますけど、霜乃さんは何がいいですか?」


 開演までまだ少々の時間があるので、芳樹は気を利かせてドリンクを購入しに行こうとして、霜乃さんに飲み物のオーダーを尋ねる。

 すると、霜乃さんはふふっと口角を上げて微笑んだ。


「その必要はないわ。寮から水筒を持参してきたの」


 そう言って、霜乃さんはバッグの中からステンレス製の魔法瓶の水筒を取り出した。


「流石霜乃さん、用意周到ですね」

「もちろん、芳樹さんの分も持ってきているわ」

「えっ!?」


 霜乃さんは再びバッグの中から、今度は赤色の水筒を取り出した。


「まさか、俺の分まで用意してくれていたなんて……ありがとうございます」

「いいのよ、私が貧乏性なだけだから。ほら、映画館のドリンクって結構お金がかかるじゃない? それに外は寒いから、温かい飲み物を持ってきた方がいいと思ってね」


 にっこりと笑みを浮かべながら、霜乃さんは芳樹へ水筒を手渡してくる。

 芳樹はぺこぺこと頭を提げながら水筒を受け取り、きゅっと蓋を開けて、ありがたく水分を補給する。

 中に入っているのは温かい麦茶だった。

 丁度よい温かさで、冷えていた身体に染みわたっていく。


「ありがとうございます。温かくて喉が潤います」

「ふふっ、良かったわ」


 芳樹が喜んでくれたのが嬉しいのか、霜乃さんはにっこりと笑みを湛えている。

 そんなやり取りをしていると、劇場に流れていたBGMがすっと鳴り止む。

 少しして、劇場内の照明が消え、劇場のスクリーンに映像が映し出された。

 流れ出したのは、近日公開予定の映画の予告CM。

 芳樹と霜乃さんは、それぞれ黙ってスクリーンへと目を移し、映画鑑賞を楽しむことにした。


 しばらくして本編が始まる。

 この映画の原作漫画は、芳樹が大学生の頃から連載していた作品だ。

 芳樹も社会人になるまで読んでいたので、映画の内容を観ていたら、うろ覚えだが原作で見たようなシーンが散見され、記憶を辿りながら映画を楽しんでいた。

 ふと霜乃さんの様子をちらりと伺うと、スクリーンを食い入るように見つめて目をキラキラと輝かせている。

 どうやら本当に霜乃さんは、このアニメのファンであるようだ。

 霜乃さんが映画を楽しめているようで良かったと思いつつ、芳樹は再び視線をスクリーンへと戻し、映画を楽しむことにする。


 しばらくシーンが進み、映画はメインのバトルシーンへと移る。

 主人公が敵を相手に、構えた途端。


 ふと肘掛けに置いた手に、柔らかい感触が当たる。

 視線を向ければ、霜乃さんが芳樹の右手の甲を左手でぎゅっと掴んできていた。

 芳樹は思わず視線を霜乃さんへ向けて、声を掛けようとした。

 しかし霜乃さんは芳樹の手を無意識で握っているようで、スクリーンを食い入るように見つめたままだ。

 バトルシーンが白熱していくごとに、さらに霜乃さんの手は強く芳樹の手の甲を握り締めてくる。

 芳樹の意識はスクリーンではなく、霜乃さんに握られた右手へと向かってしまう。

 それからというもの、芳樹の意識は握られた右手へと集中してしまい、映画の内容はまったく頭の中に入ってこなかった。


「はぁ……楽しかったわ」

「そ、そうですね……」


 無事上映を終え、劇場を後にしながら、各々違う様相を見せる二人。

 霜乃さんはテンション高めに満足げで、芳樹は心身ともに疲労困憊といった様子。


「特に、主人公の最後が激熱だったわ! あの展開はズルいと思わない!?」


 霜乃さんは映画の熱狂冷めやらぬらしく、興奮した様子で芳樹へ同意を求めてくる。


「そ、そうですね。……凄く胸熱展開だったと思います」


 その問いに、芳樹は首を縦に振りながら、当たり障りのない答えを返すことしか出来ない。

 正直、最後の方など、霜乃さんの手に集中しすぎて、映画の内容などこれっポッチも覚えていないので、同調して頷くしかないのだ。


「はぁ……でも良かったわ。私の趣味に付き合わせてしまったから、芳樹さんが楽しめているのか心配だったのよ」

「俺も大学の頃に原作は読んでいたので、普通に楽しめましたよ」

「それならよかったわ」


 霜乃さんは安堵した様子で芳樹を見つめる。

 いつもよりテンションの高い霜乃さんは、どこか子供っぽくて可愛らしい。


「また時間があったら、こうして芳樹さんと映画を観に来たいわ」

「それくらいなら、いくらでもお付き合いしますよ」

「本当に!? いいの」

「はい。霜乃さんには、いつもお世話になっていますから」

「ありがとう。約束だからね!」

「分かりました」


 こうして、また一緒に映画を観に行く約束を取り付ける芳樹。

 霜乃にとって、芳樹と二人で映画を観に行くという行為が、どういうことであるかも気づかずに……。



 芳樹は腕時計に目を向けた。

 終電にもまた時間がある。


「夜ご飯食べに行きますか?」

「えぇ、そうしましょう!」


 芳樹の提案に、霜乃さんも勢い良く首を縦に振る。

 どうやら霜乃さんも、お腹が空いていたようだ。

 そのままエスカレーターで下の階にあるレストラン街へと向かい、目ぼしい飲食店が無いか霜乃さんと周る。


「イタリアンと和食でしたら、どちらがいいですか?」

「そうね……イタリアンかしら」

「ではイタリアンにしましょう」


 そう言って、芳樹たちはイタリアンレストランへと足を運ぶ。

 丁度、映画の半券を持っていたので、ディナーセットが割引になるとの事で、二人はパスタのスープセットを注文した。

 料理を待っている間、紙おしぼりで手を拭きながら、霜乃さんが店内を見渡す。


「懐かしいわ。外で外食なんていつぶりかしら」

「そんなにですか?」

「えぇ。もう久しく外食なんてしてないから、テーブルマナーとか覚えているかちょっと不安だわ」

「敷居の高いレストランでもありませんし、そんな気にしないでいつも通りに食べればいいと思いますよ」

「そうね。そうよね……!」


 何故か霜乃さんは、気合を入れるように握りこぶしを作っていた。

 それほど、外での食事が久しぶりなのだろう。

 しばらくして、店員が注文したパスタを運んできた。


「お待たせいたしました。たらこクリームパスタセットのお客様」

「はい!」


 霜乃さんは元気よく手を上げて、自分が注文したことを店員に主張する。

 目の前に置かれたたらこクリームパスタに、霜乃さんは目を輝かせた。


「うわぁ……美味しそう」

「早速食べましょうか」

「ちょっと待って、写真を撮るわ」


 そう言って、霜乃さんはバッグの中からスマートフォンを取り出し、目の前のパスタをパシャリと撮影する。


「さあ芳樹さん、早速食べましょう!」

「はい!」


 はしゃいでいる霜乃さんを見ていると、なんだかこちらまでほっこりとしてしまう。

 フォークでくるくると巻いて、可愛らしい口を開けてパスタを口に含む。


「んんっー! 美味しい」


 幸せそうな表情で、パスタに舌鼓を打つ霜乃さん。


「それは良かったです」

「はぁ……こうして外食できる日が来るなんて、夢にも思ってなかったわ」


 そんな大げさなことを言いながら、霜乃さんはパスタをどんどんと平らげていく。

 その食べっぷりに、見ているこちらまで自然と笑顔になってきてしまう。


「外食できてよかったですね、霜乃さん」

「うん! 今日はデートしてくれて本当にありがとうね。芳樹さん!」


 彼女は、本当に感謝するようにぺこりと頭を下げてくる。


「いえいえ、外食だけでそこまで喜んでくれるなら、今度は他の住居人に迷惑かけない昼間にでも、二人で食べに行きましょう」

「本当に? いいの?」

「はい、霜乃さんが嫌でなければですけど」

「嫌なわけないじゃない! むしろ大歓迎よ! それじゃあ、約束ね!」

「はい、約束です」


 こうして、芳樹は霜乃さんと新たに映画を観に行く約束だけではなく、昼食を外で食べる約束までも取り付けてしまった。

 芳樹はまだ、どういう心理で霜乃さんが喜んでいるのか、全く気づいていないのである。

 この後、霜乃が考えている計画も知らずに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る