第31話 芳樹JCファン事件の全貌①
あれは四年前。芳樹がまだ、二十歳になりたての頃だった。
「芳樹! 誕生日おめでと!」
「ウェーイ! てんきゅー!」
当時大学二年生だった芳樹は、大学の友達に誕生日を祝ってもらっていた。
「イッキ、イッキ、イッキ!」
悪乗りのコールに応えるように、芳樹はジョッキのビールを一気に飲み干す。
「FOOOOOO-!!!!!!」
「ありがとー!」
芳樹が成人して、初めての居酒屋。
二十歳になったという解放感から、この日の芳樹は完全に浮かれていた。
片っ端から飲んでみたかったお酒を飲みまくり、酔いのテンションの赴くままにはしゃぎまくる。
誕生日会は、大いに盛り上がった。
それから三時間後・・・・・・。
「うぇぇぇ・・・・・・気持ち悪い。世界が回ってるよぉ~」
「そりゃ、あれだけラッパ飲みすれば、酔いも回るっての」
「うるせぇなぁー! 今日は俺の誕生日祝いなんだからいいだろぉー!」
芳樹は、梢恵に連れられてやってきたファミレスのソファ席に腰掛けていた。
呂律は回っておらず、完全に泥酔状態。もはや正気じゃない。
完全に悪酔いした酔っ払いだ。
「でもまさか、芳樹が酔うとこんなに
初めての本格的な晩酌。
当然、自身のお酒の許容量を理解していなかった芳樹は、見事に泥酔。
普段の温厚さは影を潜め、心の中で溜め込んでいた社会への鬱憤や愚痴をぶちまけ、そこには冷酷ささえ孕んでいた。
世界が自分を中心にして回っているような感覚。
ぐるぐる眩暈に襲われているけれど、ぽわぽわしていて気持ちがいい。
そんな酔いの開放感に満たされ、芳樹は上機嫌だった。
「ちょっと、あたしお水持ってくるから、大人しくしてなさいよ」
「へーい」
梢恵が席を立ち、ドリンクバーのところにある水を取りに行ってくれる。
普段は頼りない幼馴染が、今日は頼りがいがあるように見えるから不思議だ。
これも、お酒に酔っぱらっているからなのだろう。
そんなことを考えながら、一人ポツンと席に取り残された芳樹は、ほわほわとした感覚のまま、寝そべるようにテーブルへ頬をつける。
「あぁ……冷たくて気持ちい~」
温かい顔に、心地よい冷たさが加わり、急激に眠気が襲ってくる。
そのまま、心地よい気持ちで深い眠りへと苛まれていく……刹那。
「いい加減にしなさい!」
鋭い女性の叫び声が芳樹の脳を直接刺激した。
まるで、実の母親に本気で怒鳴られたような感覚を覚え、芳樹はピクっと身体を震わせながら起き上がる。
眠気が冷めた芳樹は、きょろきょろと辺りを見渡す。
すると、店内にいるお客さんの視線が、芳樹の後ろの方へ向けられていることに気付く。
振り向けば、身体をプルプルと震わせて憤慨する女性の後姿が見えた。
どうやら大声を上げたのは、背後の座席に座る女性らしい。
覗き込むように様子を窺えば、向かい側に座る制服を着た少女がしゅんと項垂れていて、今にも泣きだしそうな表情を浮かべている。
芳樹の真後ろで、腕を組みながらその少女を叱咤する女性と、少女の隣から憤慨する女性を慌てて宥めようとする若い男性が一人座っていた。
芳樹は興味本位に耳を澄ませて、会話を盗み聞きする。
「あなたね、スカウトされたからってそれを鵜呑みにするんじゃないの! 何が事務所に入りたいですって? 冗談じゃないわ!」
女性の声が、店内のBGMや雑音に混じって聞こえてくる。
相変わらず女性は憤慨した様子で、向かい側に座る少女を叱咤し続けていた。
「大体ね、あなたの本分は学業でしょ? それを疎かにしてまで、一世一代の博打にでも出るつもり?」
つらつらと綴られる女性の罵倒に対し、項垂れていた少女がようやく顔を上げる。
「勉強を疎かにするつもりは無いです……。でも、私はこの機会を逃したくないの」
震える声で、必死に目の前の女性に訴える少女。
少なくとも、女性に怯えていることだけはわかる。
青い瞳が特徴的で、おかっぱの癖っ毛な女の子。
頬には、若い子特有の思春期ニキビがポツンと出来ていた。
顔の幼さや、制服を身に着けていることから、中学生だと思われる。
けれど、全体的に整った小顔で、すっきりとした鼻筋や、形の良い艶やかな唇は、中学生にしては美しく、綺麗で可愛い部類に入る方だと芳樹は感じた。
「あの……お言葉ですが事務所の方針と致しましても、くるみさんの学業を疎かにさせるようなことはありませんので、そこはご安心していただけると……」
「あなたは黙っていてください。これは、私達家族の問題です!」
男性のフォローを、きっぱりと棘のある口調で突き放す女性。
話の内容を聞くに、くるみちゃんと呼ばれていた制服少女とこの憤慨している女性は、親子関係にあるようだ。
そして、制服少女の隣に座っている男性は、芸能プロダクションの関係者らしい。
どうやら母親を説得するため、このファミレスで話し合いが設けられたようだ。
「くるみ、大体あなた、自分の容姿を客観的に見たことがあるの? 自分が芸能界で活躍できる容姿をしてると思ってるわけ? スキンケアも疎かにして、ヘアスタイルにも無頓着。身長だって学年で一番小さい。そんなあなたに、芸能のお仕事が務まると思っているわけ?」
「それはちゃんと、これから意識して……」
「ならまず、それを行動で示して見せなさい。話はそこからです」
くるみちゃんという子の母親は、全くもって聞く耳を持たず、断固として我が子を芸能プロダクションへ所属させることに対して反対している。まさに、子の心親知らずとはこのことだ。
母から自分の好きなようにしていいと言われてここまで生きてきた芳樹にとって、子供の気持ちを全く理解しようとしない女性の態度に、むしゃくしゃする気持ちを覚えていた。
「お待たせ―、って、どうしたの?」
水を汲んで戻ってきた梢恵に、声を掛けられるものの、芳樹は視線を戻すことなく後ろの様子を窺っていた。
「はぁ……いつからこんな反抗的な子になっちゃったのかしら。私の育て方が間違ってたのかしらね」
そんな
ふざけるな、自分勝手に被害者面しやがって……そんな怒りの感情が湧き上がってくる。
気付けば芳樹は席から立ち上がり、隣のテーブルへと身体が勝手に動き出していた。
「えっ……ちょっと、芳樹!?」
梢恵の制止の声を無視して、ふらふらとおぼつかない足取りで、芳樹は隣のテーブルへと向かっていく。
そして、隣のテーブルの前までたどり着いた芳樹は、勢いそのままにテーブルにドン!っと手を思いきりついた。
予想外の出来事に、テーブルに座っていた三人が一斉に驚いた様子でこちらを見つめる。
芳樹はちらりと華奢な少女を見つめた後、向かい側へ座る母親を強い眼光で睨みつけた。
「な、何よあなたは!?」
突然の襲撃者に、狼狽える母親。
「さっきから聞いてりゃ、自分の子供を侮辱するだけ侮辱した挙句、自分が被害者面して、ただの自己保身じゃねーか。いいかげんにしろよクソババア」
「なっ……なんですって!?」
いきなり現れた他人からの暴言に、怒りを露わにする母親。
「あなた、いきなり入り込んできたかと思えば、クソババアなんて暴言まで吐き散らして、一体どういう神経してるわけ!?」
「あんただって、自分の娘に同じようなこと言ってるだろうが。芸能界には見合わない容姿? あんたには無理だぁ? 勝手に決めつけてんじゃねぇよ」
「なっ、あなたに何が分かるっていうの! うちの娘の何が分かるのよ!」
「若くて、可愛らしい容姿、大人になったら綺麗になる! それと、自分のやりたいことを見つけて輝こうとしている。ほんの数分見ていただけでもこれくらいはわかりますけど、何か?」
「……うるさい! あなたは何もわかってないわ! うちの家庭の事情も知らないで、好き勝手言わないで頂戴!」
「そうっすね。確かにあんたの家庭の事情なんて知ったこっちゃねぇよ。けどな、実の娘が将来やりたいことを見つけて夢に向かって突き進もうとしてるってのに、どうしてそれを応援してやれねぇんだ!? あんた母親だろうが! 少しは自分の娘のこと認めてやったらどうだ? 自分が被害者面みてぇな雰囲気醸し出してるけどな、そんなのはただ面倒事に巻き込まれたくないがための自己保身にすぎねぇんだよ! イレギュラーなことをやって欲しくないだけの自己願望だろ? そんなのただのはったりだ!」
芳樹が強い言葉で訴えかけると、気づけば店内は静寂に包まれていた。
「あんたの娘はこんな若い年で自分のやりたいことを見つけられてる。それだけですげぇことじゃねぇか。俺なんて、大学生になってもまだやりたいことが見つからずに、こうやって飲んだっくれてへらへらしてるってのによ。一番身近にいる家族がそれを認めて応援してやらなくて、誰が味方してやるってんだ!」
芳樹はさらに母親に目力を強めて真っ直ぐ見据える。
「子供の無限大の可能性を自分都合で勝手に踏みにじろうとするやつは、母親失格だ……」
「あっ……あなたに何が分かるっていうのよ! 子供すら育てたことがない若者に何が分かるっていうの!」
芳樹に罵倒されまくり、母親は涙目になっている。
「ちょっと芳樹何やってんの! 他のお客さんに迷惑だから落ち着きなさい!」
そこで、ようやく状況を理解した梢恵が芳樹を止めに入る。
梢恵に羽交い締めにされながらも、芳樹は言葉を続けた。
「いいか、みみかっぽじってよく聞けよ! あんたの娘は可愛い! 俺が保証してやる! これから活躍するかしねぇかはその子の努力次第だ。けどな、あんたの娘が活躍した暁には、俺が娘のファン一号として、ぜってぇあんたを見返してやるからな! 覚えておけ!」
最後は梢恵に半ば強引に退店させられる形で、芳樹は店からフェイドアウトした。
テーブルに座る三人が、唖然とした様子で芳樹のことを眺めていたのだけは、今でも鮮明に覚えている。
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