第26話 酔っ払いのお迎え

 瑞穂ちゃんを駅まで見送ってから数分後。

 芳樹は寮に戻らず、駅の改札前の柱に寄りかかっていた。

 ポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認する。

 本来ならば、すぐに寮へと戻り、朝食の準備に取り掛からなければならない。

 けれど芳樹は、とある可能性を抱いていた。

 決して、仕事をさぼるために油を売っているわけではない。


 直後、芳樹の寄りかかっている柱の上からガタン、ゴトンという客車の音と、モーターの駆動音が聞こえてくる。


 ようやく、始発電車が駅に到着したらしい。

 芳樹はこれを待っていたのだ。なんとなく、始発で帰ってくるのではないかと、淡い期待を抱いていていたのである。

 しばらくすると、一人の金髪の女性がおぼつかない足取りで、ホームへと伸びる階段から降りてきた。


 芳樹は寄りかかっていた柱から離れ、彼女を改札前で出迎える。

 金髪の女性は、芳樹を見るなり眉をひそめ、不審者を見るような目で見つめてきた。

 それもそのはず、黒のダウンコートにフードを被り、マスクをした怪しい男が改札前に仁王立ちして立っていたら、誰でもが不審に思うだろう。


 変装していることを思い出した芳樹は、慌ててマスクとフードを取る。

 すると、金髪の少女は目を見開いて驚きの表情を浮かべた。


「あれぇー、よっぴー!? 何してんのぉ!?」


 そう、芳樹はかっしーを待っていたのである。


「丁度、瑞穂ちゃんを駅まで送ったところだったから、ついでにかっしーの帰りを待ってみようと思って。そしたら予想通り、始発で帰ってきたんだよ」


 友達とカラオケオールしていたかっしーは、芳樹の予想通り、始発電車に乗って帰ってきた。


「そりゃまあ、午後から授業あるしぃ? 始発で帰ってこないと寝る時間ないっしょー!」

「確かにそうかも」


 芳樹がくすくすと笑うと、かっしーは不満そうに頬を膨らませた。


「なんすかぁー? 何か文句でもあるんすかぁー?」

「いやっ、ちょっと昔を思い出してただけだよ。俺もよく友達とオールして始発電車で帰ってたから」

「へぇー。よっぴーも、大学のときはけっこーパリピってたんすねぇー」

「まあね」


 かっしーの呂律は普段よりも舌足らずで、ふわふわとしていた。

 どうやら、まだ酔いがさめていないらしい。

 周りを気にする様子もなく、かっしーは盛大な欠伸をかます。


「ふわぁーっ、眠いっす……」

「じゃあ、帰ろっか」

「うぃっす!」


 元気よく敬礼したかっしーと一緒に歩き出し、帰路に就く。


「あっ、そうだ。今度からはちゃんとオールするときは管理人室に電話して欲しいな」

「あっ、ごめんなさいー! もしかしてぇ、待っててくれた系っすかぁ?」

「霜乃さんが教えてくれるまでね」

「すいません! 次から気を付けぇーますっ!」


 反省しているのかしていないのか分からない陽気な様子で、かっしーが謝ってくる。


「今回は霜乃さんが教えてくれたからいいよ。次からちゃんと気を付けてくれればいいから」

「よっぴーは優しいっすねぇー。あっ、そうだ! なら、ライン交換しましょうよー!」

「えっ、どうして?」

「そっちの方がうちもわざわざ電話かけなくて済むしぃー、メッセだけで伝えられて楽じゃないすかぁー!」

「でも俺、一応管理人って名目あるから、住居人のID交換するのはどうなのかな……」

「そんな堅苦しく考えないでいいんすよっ! それにうちら、女子寮で会う前からの仲じゃないっすか!」

「まあ、あれば偶然かっしーを助けただけだけどね」

「それも何かの縁ってことで。お願いしやす!」


 お願いしつつ、既にかっしーの手元にはスマホが用意されており、ID交換する気満々だ。


「まあ、かっしーがそこまで言うなら……」


 芳樹もコートのポケットからスマホを取り出して、ラインのIDを交換する。


「よっしゃ、よっぴーゲットだぜ!」

「モンスター捕まえたぜみたいなノリで言うのやめて?」

「へへっ、まあいいじゃないすかー!」


 酔っぱらっているため、テンションはいつにも増して高い。

 にこにこと笑いながら、バシバシ芳樹の肩を叩いてくるかっしー。

 加減が分からないのか、芳樹の肩を叩く力は結構強い。


「いたい、いたい!」

「あははっ、よっぴーの反応面白ーい!」

 

 上機嫌に笑うかっしー。

 客観的に見れば、可愛い酔っ払いとも捉えられる。

 それと同時に、どこか危なっかしいというか、変な男の勧誘にホイホイついて行ってしまいそうな雰囲気を醸し出していた。

 芳樹としては、居酒屋でのこともあるので少し心配だ。

 

 そんな芳樹の気をよそに、かっしーは口を大きく開けて盛大に欠伸をかます。


「んん“、ねみぃー! よっぴー、家までおぶってくださいよー」

「怪我してるわけじゃないんだから、自分で歩いてくれ」

「なんすかー。うちが重いから持てないって言うんすかぁー!? まあ、モテてはいますけど、え”へへっ!」

「はいはい、分かったから。ちゃんと自分で歩いてね」

「いいじゃないすかー。今なら無料で現役女子大生の太もも触り放題っすよ?」

「はいそこ、わざとらしくいかがわしい表現にしない!」

「えぇーほんとにいいんすかぁー? うち、胸は自信ないっすけど、足には自信ありますよぉー?」


 芳樹をからかうように、にやりとした笑みで覗き込んでくるかっしー。

 

「全く、他の男にもそうやって無防備に誘惑してたら、いつ襲われてもおかしくないぞ?」

「そんなことしませんってー。こう見えて、うちけっこうガードは固いほうなんで、人は選びますよぉー!」

「それなら俺も、その危険者リストに加えておいてくれ」

「またまたぁー! よっぴーは酔った勢いでとか、場の流れでそういうことしてくる人じゃないって、うち知ってますよー?」


 どうやら、かっしーは酔っぱらっていても、下心のある男とそうではない人の区別はつくようだ。

 少なくとも、芳樹は手を出してこない存在として、かっしーからある程度信頼を置かれているらしい。


 結局かっしーは、芳樹が手を出してこないことが分かっているのをいいことに、寮に帰るまでの間、酔った勢いそのままに芳樹の腕にしがみ付いてきたり、急に後ろから手を回して抱き付いてきたりと、ダル絡みを永遠に続けてくるのであった。

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