(3)

「な、なにしやがる!」

 賢哉が、門間を突き放すように解放した。

「消えろ害虫、お前ごときが触れていい娘じゃないんだよ」

「てめえ!」

 殺気を放ちながら対峙する男と男、周りの生徒も注目し始めた。


「ふん、予想通り停学くらってもなんも反省してなかったみたいだな。俺たちがいない間に、この娘らにちょっかいかけるなんて、だっさいわー」

 門間が顔を真っ赤にしてファイティングポーズをとる。

「ぶっ殺すぞ!」

「きゃーこの人こわーい。……また痛い目みたいのか?」

 喜美子も視ていた。門間は以前、詩乃を強引に連れて行こうとして賢哉に張り倒されたことがある。そのことを思い出したのか、門間の顔に青い筋が浮かんだ。そして、


「……! 本郷! 気をつけて!」

 門間がポケットに手を入れた。また刃物に頼る気だろうか。賢哉は、鼻歌でも歌うように門間に近づいた。

「なにそれ? そこに秘密兵器でも入ってんの? 出してみろよ」

 門間を挑発する。ここで凶器を出したら、今度こそ問答無用で退学だろう。

「はやくはやく~」

 さらに煽る賢哉。門間が怒りのあまりわなわなと震えはじめた。


「本郷くん……!」詩乃が小さくも悲壮な声で叫ぶ。

「大丈夫よ、月坂さん。俺っちに任せなさーい」

 その声は太くて厚みがあった。

「なにしてる⁉」

 誰かが人混みをかいくぐって横合いから飛び出した。

「あ……矢本……くん」

 矢本隆臣がやってきた。にらみ合う賢哉と門間の姿を視て一瞬で、状況を理解したようだ。


「門間、お前!」

 ますます人だかりが増えてきた。

「詩乃!」

 さらに女子の声が響いた。瑞樹たちもやってきたようだ。

「あいつまた!」

 瑞樹が詩乃の前に立ち門間を睨みつける。その目の奥には憎悪すらにじんでいるように見える。他のクラブのメンバーたちも詩乃を守るように横に並んだ。全員で侮蔑の視線を門間にぶつける。門間が狼狽と憎しみで混濁したような顔をゆがめた。前にいる全員が敵、自業自得とはいえみじめな状況だろう。


「さて、まだ月坂さんをどうこうしようって気でいるなら、俺一人で相手になってもいいぞ」

 賢哉が距離を詰めた。

「本郷待て……!」

 隆臣が賢哉の前に踏み出し、腕で動きを制した。

「隆臣ちゃん、こういう汚れ仕事はこのクラブでの俺の役割なの」

「ハロウィンが近いだろ……」

 ハロウィンフェスティバル前にもめ事を起こしてほしくないのだろう。隆臣が門間の前方まで足を進めた。


「矢本、てめえ……」

「失せろ」

 普段は温柔な隆臣がこんな冷たい声を出せたことに、喜美子も肝が雪を吸い込んだような感覚になった。

 門間はまだ立ち去らない。これまでは、捨て台詞を吐いて逃げていくのが常だったが、今日はなにか様子が違う。

「矢本ぉ……! 誰の……と思ってんだ……」

「なに?」

 ぼそぼそと喋る門間の声が聞き取れない。


「誰のせいで俺がこんな目にあってると思ってんだてめえ!」

 唖然とした。なにを言い出すかと思えば、理解不能の逆恨み。隆臣も口を半開きにして、得体の知れないものでも見るような表情になっている。

「てめえだ矢本! てめえがあの火傷野郎にやられてっから助けてやったのになんで俺がこんな目にあわされてんだ⁉」


 桜庭綜士との乱闘事件のことだろうが、自分の記憶を改ざんしているとしか思えない。一対一で相対していたところを後ろから襲い掛かって集団暴行のトリガーを引いた、さらに止めに入った少女に向けてナイフを突きつけた、故に無期停学になった。そう聞いているし、全員が同じ認識だった。

「なのにてめえは礼も言わねえ! 俺を弁護しようともしねえ! ふざけんな! ふざけんじゃねえ!」

 怨嗟に澱んだだみ声が校内に木霊する。


「だいたいなんだてめえは⁉ なんで毎度毎度、俺が月坂とちょっと話そうとするだけで邪魔に入る⁉ 月坂のナイト気取りか⁉ 何様だてめえ⁉」

 瑞樹が後ろ手で、詩乃をかばうようにした。隆臣が半開きになっていた口を動かした。

「門間、お前を俺たちの……グループでもなんでもいい。とにかく俺たちの輪に入れるわけにいかない」

 門間が目じりをひくひくと震わせる。


「お前の振る舞いも物言いも……はっきり言わせてもらうが下品で粗暴すぎる」

「誰もお前を歓迎してないってわけだ。つうか、いい加減察しろよ。みんなお前が嫌いなんだよ。くせえし」

 賢哉も物申した。直球過ぎる言い様だが、事実そうである。隆臣が続ける。

「さらに言わせてもらうが、お前が無期停学になったのはお前自身の責任だ。あの男との間に起こったことは 俺個人の問題だったのに余計な手出しをして騒ぎを無駄に大きくした」

「なっ⁉」

 門間の顔の赤みがこれ以上なく、濃くなった。


「そのせいで多くのうちの部員たちも巻き込んでしまったのは俺の責任だが、お前があの金髪の女の子にナイフを向けたのは、なんら正当化できない愚劣な犯罪だ」

 金髪の少女と聞いて、ハッとする。あの時、桜庭綜士を、体を張って押えたあのリサという少女のことであると推測した。

「……おい、今の話マジか……?」

 賢哉の声が変わった。


「本郷……?」

 隆臣の呼ぶ声に反応せずふらりと前に出て門間に接近する。

「本郷、ちょっとどうしたの?」

 呼びかけるも賢哉は止まらない。門間の前に立ち、

「……殺すわ、お前」と述べた。これまでに聞いたことがないくらい低い声だった。  本気の殺意を感じる。なにがここまで賢哉を怒らせたのかわからないが、賢哉の圧倒的な気迫に喜美子も冷や汗がにじみ出てきた。


「う……あ……」

 門間が恐怖のあまりか赤から青に顔色を変えた。

「本郷!」

 賢哉が手を伸ばした瞬間、

「ぐあああ!」

 背を向けて逃げ去って行く。

「待てよ!」

 賢哉が追おうとしたが、隆臣に羽交い絞めにされた。


「ゴミが……!」

 賢哉がそう吐き捨てると、隆臣も腕を離した。

「本郷……!」

 息が乱れるほどの怒気を放っている賢哉に駆け寄って背中をさする。賢哉が問題ないと、手振りを示した。

「矢本くん!」

 詩乃と瑞樹もやってきた。

「大丈夫、矢本くん?」

 泣き出しそうな声に、喜美子も心痛の針に刺される思いだった。だいぶ安定してきた詩乃にまた余計な動揺を抱かせてしまった。


「心配ない」

 穏やかに微笑む隆臣だが、胸裏では門間への怒りが煮えたぎっているだろう。

「怪我とかしてないよね」

 と瑞樹。冷戦中の隆臣に普通に語り掛けたのは久々な気がする。

「ああ、月坂はなんともないか?」

「うん……ありがとう」

「……」

 目をそらした。教員たちが騒ぎを聞きつけてやってくるのが見える。


「俺が説明しとくわ」

 賢哉が向かった。

「本郷くん、私が」

「いいから行って。ほら……」

 賢哉が隆臣と瑞樹に目配せをすると二人もうなずいた。これ以上、詩乃に負担をかけたくないのは全員が同じだろう。

「すまん、本郷」

「借りにしとくから」

 瑞樹が詩乃の肩を支えて、歩くように促した。

「本郷くん、ごめんなさい。ありがとう」

 本郷が手をつきあげて返答とした。


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