(6)
聖霊館の夕食はいつも賑やか、というわけでもない。運動会の感想で盛り上がる芽衣子と、小学生四人を横目に、ほとんど食欲のわかない綜士であった。
「それでね、柚葉お姉ちゃんと一緒にお菓子作ってたの、クッキーとか」
「ああ……そうだったんだ」
楽しそうに語る依織だったが、いまいち内容が頭に入ってこない。
「お兄ちゃんも、ご飯の後、ラウンジでちょっと食べてみてくれない?」
「ああ……」
心ここにあらずの返答、チラリと向こうのリサに目線を向けるも、やはりほとんど食べていないようだ。
「お兄ちゃん?」
「え?」
依織の丸い瞳が、綜士の顔を映しだす。
「どうかしたの?」
「いや、別になんとも……」
「兄ちゃん平気? 昨日の運動会も体調悪くなって先に帰ったけど」
瞬の髪が調髪されていることに今気づいた。柚葉がやったのだろうか。
「あ、ああ……ごめん、最後まで観れなくて」
「ううん、でも今日はどこ行ってたの?」
ざっくり言いづらい領域に踏み込んでくる依織、
「……あ、ああ、ちょっと遊びに……」
「お兄ちゃんが? どこに?」
逃がしてくれない。なんでなんでは昔も自分もよく口にしていたことを想起した。
「オレと遊んでたんだ」
ギョッとする。リサがなんでもないことのように言ってみせた。
「ええぇ、いいなぁ」
「う、うん、みんなは疲かれてるだろうと思って、俺たち、だけで……」
「ああ、お茶のピッチャー出すの忘れちゃった、瞬、取ってきてくれる?」
芽衣子の助け舟に心で感謝した。
「うん」
瞬がコップを手に冷蔵庫に向かった。伸治は特にこちらを気にしている様子はなく、テレビを見ながら箸を口に運んでいる。
「明日、雨だってさ」
伸治がぼやく。
「リサちゃん、なにかあったの?」
美奈の声だった。
「え……? なにが……」
「なんだか、悩んでるみたいに見えるよ」
「……別になにも」
依織たちも怪訝な視線をリサに送る。こんな歯切れの悪いリサは見たことないのだろう。
「そういえば、さっき誰か来てなかったっけ?」
伸治が、尋ねた。
「門の外で高校生くらいの人と芽衣子、話してたよね?」と美奈。
冷たい汗が首元から、垂れてきた。
「結奈ちゃんや啓吾くんのお友達だよ」
芽衣子がニッコリと答える。先ほどのやり取りを子どもたちに話す気はないのは三人一致しているようだ。ちょっと小学生には刺激が強い案件である。
「ふーん」
リサが立ち上がった。
「ごめん、オレもういい」
そのまま食器を持って、台所に向かう。
「リサ、大丈夫?」
「ああ、明日食べるわ」と皿にラップをかぶせて冷蔵庫に閉まった。
自分もなにか言うべきだろうか、迷う。今は、どう考えてもいつものように冗談や軽口を応酬する雰囲気ではない。
「風呂、先、入ってくる」
「うん」
ダイニングを出る時、リサの視線を一瞬感じた気がした。
「リサ、お姉ちゃんなんだか……」
依織が口元に手をあてた。
「女の子みたいになっちゃった」
あたらずも遠からずな気がした。
部屋に戻ると脱力したように、ベッドにうつ伏せになり、我が身を悶えさせる。夕食は、味がまったくわからないほどだった。
私ったら、なんてことを……。
言ってしまったのだろう。
「よりにもよって、綜士と……」
付き合っていたなんて、経歴詐称にもほどがある。それもこれもあの男のせいな気がする。
「なんで本郷のやつそんなこと訊いてきたんだろ……?」
彼は、先月の騒動には居合わせていないと聞いているので綜士とは面識はないはず。彼の名前をどうやって知ったのか。
ただ、昔自分と恋仲だったという関係にでっち上げておけば、みんなも綜士を口悪く言わないのでは、という突発的な思い付きが言わせた嘘だった。冷静に考えれば齟齬や不合理な点が多い与太話なのは自明なのだが、単純な賢哉はすべて事実と受け止めたようだ。
「そうだ、私が我慢できないから……」
自分は隆臣とは違う。今でも綜士のことは、大切な幼馴染だと思っている。それを口に出せないもどかしさがある。なにより、詩乃の口から綜士を悪くいうようなことになったら、もう黙ってはいられないと思う。
綜士には悪いけど……。
とりあえず、こちらとしてはそういうことにしておけばいい、のからわからないが、そういうことにさせてもらうことにした。バレたらバレたで謝ればいい。
「う……」
かき氷を一気に食べた時のような嫌な悪寒が頭に走る。この嘘は綜士だけじゃない、詩乃に対する背信にもなる。
「で、でも……」
覚えていないのだから、非難のされようもないが、それで許されるというわけでもない気がする。ため息をついて、天井に虚ろな視線を投げかけた。
あの娘さえ思い出してくれればなにもかも解決するんだけど……。
それができないのはこの一年と半年で思い知っている。
体を起こして、髪を強くつかんだ。やはり自分はもう一度、綜士と向かい合うべきだと思う。
例え綜士と詩乃との関係が修復不可能なのだとしても、自分が綜士と親友であり続けることができないはずがない。
私たちが過ごしてきた時間も、つないできた心もそんなもろくないはず……。
手を握りしめる。
だけど……。
一度、現在、綜士が身を寄せているという聖霊館というところに赴いたが、こっぴどく追い返されたことを思い出す。あの時の、身を切られるような痛みが自分を足踏みさせる。綜士の怒りも、悲しみもこの身で受け止めきれるだろうか。
頭を押えて、方法を考え、思索を続ける。すぐには話し合えずとも、彼の様子だけでも知ることはできないだろうか。
「そうだ……」
一案が浮かんできた。
これでよし……。
心中で今後のプランをまとめ終った。できるかどうかはわからないが、もう決めたことである。
綜士……怒るかな……。
でももう立ち止まってはいられない。ただふくれっ面で隆臣に八つ当たりしているだけではなにも解決しない。
それにしても私と綜士が……。
もしあの嘘が本当だったとしたら、
「まあ、それはそれで……」
楽しかった、かもしれない。
「……もう!」
枕を天井に投げつけた。
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