第六章 渡さない

(1)


 窓を突き抜けて降り注ぐ朝日が、光のカーテンを部屋に敷いている。携帯で天気を確認、外出には絶好の行楽日和と言える。

 芽衣子からの朝のメッセージを確認、リサが昨夜、述べた通り小学生四人は前日の運動会の疲労でくたびれ果てているようで、まだ寝ぼけたまま惰眠を貪っているという。今日は一階の柚葉の店も休業日なので午後までのんびりしていくとのこと。みんなを置いて、遊びに遠出するというのはどうにも躊躇われるが、


 今日くらいは……。


 二人で楽しんでもいいだろう、と思う。

 鏡を見て、身だしなみをチェックする。毛の処理も怠らない。中学の時に彼女と繰り出す時はいつもこうだった。

「変わったのかな……」

 口からこぼれ出たような独り言、詩乃との思い出を回顧するだけで、暗い情調に陥ることが少なくなったように感じる。そのことを拒絶する意思も稀薄になった。

「よし……」

 ドアを開いた。


 エントランス付近で、リサを待つ。今日の朝食はお互い、言葉少なげだった。

 手持無沙汰になって、これから行く場所の現在の混雑具合についての情報を出す。思ったよりかは空いている。やはり、戦争のあおりで余暇を楽しむ人が減っているのだろう。

「……!」

 階段からの足音で一瞬身がすくんだ。


 なにを緊張してんだ俺は……。相手はリサだぞ。


 頬を餅のように揉んでから、ぴしゃりとはたいた。

 現れたリサはデニムのショートパンツに主張の少ない白いシャツと秋物のジャケット、動きやすい服装ながら、おしゃれを意識しているように見える。

「準備できたか?」

 と至って普通を装って話しかけた

「おう」

 リサは、なんともないよう見える。やはり自分が無駄に気負い過ぎていただけだろう。

「そんじゃ、行きますか」

「おう」

「……?」

 ロボットのように同じ返答をリフレインしたのが気になった。


 晴れ渡る空の下、駅に向けて二人で歩く。

 行先は、

「行ったことあるっけ?」

「ない」

「そっか、まあ三年前にオープンしたばかりだしな」


 県央にある中規模の遊園地、この間、モールで手に入れた招待券を使って二人で遊びに行くことにした。昨日、一昨日と散々リサに負担をかけてしまったことへの詫び、というのが名目で、リサはあっさり承諾してくれた。

何度も遊びに行ったことがあるので勝手は知れてる。

 綜士の後ろをテクテクとついてくるリサ。隣を歩くのが嫌がっているというより、顔を見られたくないような気配がある。


「有名なところと比べるとそんな大したことないと思うけど、一日遊ぶには十分だよ」

「うん」

「さっきも言ったけどさ、食事代とかは全部俺が出すから」

「うん、え……?」

 剛毅なところを見せたいわけではなく、そのくらいはやらせてほしい思いもあった。両親の遺産相続が一区切りついたこともあり、今の綜士の経済力は自身でも怖くなるくらいのものとなっている。

「そ、そんくらい自分で払うから」

 リサが前方に回り込んだ。

「いいんだよ、昨日ずいぶん迷惑かけちゃったからな。……今日は、尽くさせてもらいますよ、姫」

「この……!」

 じゃれあいながら先へ進む。


 駅に着くと、券売機でリサの切符を買って手渡した。

「ほら」

「いくらだ?」

「だから任せろって」

 リサの肩にポンと手を置いた。リサも黙って切符を受け取り、改札に向かった。

 急行列車に乗り込んだ。乗客は少なく、角の席に腰を降ろした。

「ほらこれ」

 これから向かうテーマパークのパンフレットを隣のリサに手渡す。

「うん」

「お昼、なに食べたい? なんでもいいぞ俺は」

 言ってから、なんでもいい、は存外パートナーを困らせる言葉なのを思い出してしまった。


 リサの方に首を向けると、集中してパンフレットに見入っていた。

「ピザ……」

「うん、ピザにするか」

「このシカゴ風っての、向こうで食べたことある」

「向こうって……アメリカで?」

「うん、父さんに連れられて遊びに行ったときに」

「ああ、お父さん、シカゴの出身なの?」

「違う、ウェストバージニア」

 と言われてパッと出てこない。

「そこの田舎にある小さな村の出だって」

「ふーん」

「まあ、教会育ちだったから、親族とかは全然いないんだけどね」

「そうだったね……」

 リサの母親も聖霊館の出身ということを考え合わせれば境遇に似たものを感じて、距離を縮めていったのかもしれない。


「お父さんとは、こういうところ遊びに行ったことはあるだろ?」

「昔は嫌になるくらい連れ回されたよ。休暇を取ってアメリカまで飛んで、フロリダのテーマパークだの五大湖周辺だの、陸に戻る度に年甲斐もなく大はしゃぎしちゃってさ」

 普段、リサと一緒にいてやれないことを気に病んでいたのだろうか、そう思うとなんともいたたまれない気分になった。

「でも、母さんがいなくなってからは全然……」

「……」

「オレのほうがあれこれ理由つけて、断るようになったんだ……」

 反抗期に母親不在の精神の不安定、クォーターという生まれによるアイデンティティ上の葛藤が重なり、心が荒んでいたのだろう。

「休日に聖霊館までやってきてくれた父さんを顔も会わせず帰らせたこともあった……。鬼だよな、なんであんな……」

 膝の上で固く握られているリサの手にそっと触れた。


「もういいよ、今日は楽しもう」

「……うん」

 電車に揺られながら、取り留めもないおしゃべりにふける二人。お互いに重い過去を抱えているからこそ、今日という日を大切にしなければならない、そう思えるようになってきたのかもしれない。

 市街地を抜けた県境には開発の進んでいない平原が広がっている。そこのインターチェンジ近くの交通の要所に誘致されたテーマパークはシンプルでコンパクトを売り文句に、周辺住民の来客を当て込んでオープンしたものである。

「いわゆるハコモノ行政ってやつだよ、日之崎は娯楽施設が少ないからうちの市じゃ人気あるみたいだけど」

「行ったことあるんだろ、彼女と……」

 いきなり急所を突かれた気分になった。

「あ、ああ……、何度も……」

 父が仕事の関係で優待券をよくもらっていたので、しょっちゅう横流ししてもらった。


「そんじゃ、案内せい」

「承知」

 いつもの調子の二人、デートという言葉はお互い避けているのは自明である。

 目的の駅を降りれば後はもう徒歩で行ける。だだっ広い駐車場には、モーターショーのごとく大量の車が停車しており、まぶしい陽光に照らされてツヤを放っていた。

 ゲートの近くの受付口で招待券を出して、受け取ったワンデーフリーパスを手に持ってゲートをくぐった。

「おお……」


 懐かしい感覚がする。はしゃいで騒ぐ子供たち、家族サービスで来ている親子連れ、どこか固い足取りの中学生のカップル、非日常に足を踏み入れる高揚感を久々に全身で感じ取った。

「ふーん」

 リサも少し上気したような顔になっている。父親、母親のこともあるのであまり楽しめないのではと不安を抱いていたので、安心した。

「さて、どこから回ろうか」

「任せる」

「OK、行こう」

 リサをエスコートしながら、昔、必死で練ったデートプランをなぞることにした。

 

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