(2)
綜士が来てから、数日後の土曜日、学校で球技大会の学校対抗戦が開かれることとなった。普段からスポーツには自信があり、あちらこちらから援軍に入るよう頼まれていたので腕がなる。
「瞬、三つも掛け持ちして大丈夫なの?」
いつものように四人で登校中、弟分の伸治が信号待ちの際に聞いてきた。
「おう、南小の実力みせてやんよ」
「はあ……私、やっぱり見学しようかな……」
力のない息を宙に吐く依織、絵描きが趣味で、体育はあまり得意ではないのは知っている。
「……なあみんな」
一応聞いてみることにした。少し前に出て、伸治、依織、美奈の前に立った。
「なーに?」
「桜庭さんのことどう思う?」
「どうって……普通の人だと思うけど」
と伸治。
「うん、ちょっと怖かったけど、全然いばったりしないし、私たちにいろいろ気をつかってくれてるみたいで申し訳ないくらい」
瞬も依織と同じ感想だった。
「美奈は?」
「……いい人、だと思う……」
「そっか……そうだよな」
「ただ……」
「なんだよ?」
「時々、すごく悲しい顔をするの……」
「そうなのか……?」
美奈の言ったようなことには気づけなかった。
「あの……綜士兄さんの顔の傷って……」
「よせよ、そのことは」
伸治をたしなめる。依織も眉をひそめて伸治を睨んだ。
「ごめん……」
全員、気にはなっているが聞いてはならないと思っている。聖霊館の住人は過去を詮索しないという暗黙の了解がある。
学校前までくるとグラウンドでは既にアップを始めている生徒が見受けられた。
汐浦南小学校、瞬たちが通う小学校で、区内でもかなりの古株の建物は所々老朽化しており、一部のひび割れている壁も放置されている。
瞬は今年で6年生であり、伸治、依織とも同じクラスである。訳ありの子どもたちとして学校側が配慮したのかもしれない。
3階まで上がると、5年生の美奈とは手前の教室で別れることになる。
「そんじゃ、美奈、また放課後正門前でな」
「うん」
「昼は僕たちと食べる?」
「ううん、友達と約束してるから」
「わかった」
「ケガしないようにね」
喧しい廊下を抜けて、教室に向かう。今日は本来休みの土曜なので給食は出ないので弁当を用意してある。
「よう瞬……と聖霊館ご一同様」
教室に入ると清秀が出迎えてくれた。既に運動服に着替えており、クラスメイトとポジションの確認を行っていた。
「うーす」
「おはよう瀧くん」
「おはよう、瀧くんは何に出るの?」
依織が鞄を机に置いて、椅子を引いた。
「サッカーだけど、午後からバスケの方も出るかな。瞬たちは飯は三人で食うか?」
「そのつもりだけど」
「よかったら俺たちんところ来るか? 蓮華組の新入りの下級生たち紹介しておきたいし」
二人を見る。特に約束はないようで頷いた。
「わかった、行くよ」
「そんじゃ、裏庭でな」
その後、変則的な10時からのホームルームを終えると、すぐにグラウンドに出た。汐浦西小との対抗試合、というより交流のボール遊びみたいなもので、昼休みを挟んで2時半にはすべてのスケジュールを終える予定である。
自分の試合が終わったら、後は応援になるが瞬は掛け持ちするので、昼食以外休む暇はない。
簡単な開会式が終わるとすぐ試合となった。午前はサッカーに出る。
開始早々、速攻をかけて早くも一点先取した。
「よし!」
西小の生徒が瞠目の目で瞬を見る。元々父親のトレーニングやランニングによく付き合っていたので運動は得意で、体格的にも秀でた瞬はスポーツとの相性がよかった。加えて、勘がよく、全体の動きを見るのがうまい。河川敷での野宿生活で培われたタフさも加わり、試合を優勢にリードした。
後半になるとマークもきつくなり、体力が削られていく。午前の部が終わるころには汗だくだった。
「ふう……」
「お疲れ様、瞬」
伸治がタオルを出してくれた。
「すごいね瞬、二試合で6点も取ってなかった?」
依織が運動の熱で顔を火照らせていた。
「7点だ、まあ、ざっとこんなもんよ」
グラウンドを支配したエースということで、さっきからチラチラ視線を感じる。
「それよか、清秀んところ行くぞ」
悪目立ちして因縁をつけられるのも嫌なので、退散することにした。調子に乗って目立つやつは叩かれる。昔の児童相談所で学んだ教訓だった。
裏庭に行く道すがら、談笑する三人。その途中校内放送で、一階の用務室前で希望者にはドリンクを配布するとの伝達事項があった。
「ふーん、どうする?」
「別にいいんじゃないの、水筒持ってきてるし」
依織がメタリックイエローの水筒を掲げた。
「いや、もらっておこう。瞬は午後も出るんだし。足りなくなるかもだし」
「そうだな行ってくる」
「僕が行くって」
「いいよ、三人分もらってくっから、先行ってろ」
そういうと小走りに昇降口まで駆けていった。
伸治たちの分も受け取ると、裏庭まで戻る。その途中、
「うん……?」
美奈がやや顔を下げて立ち尽くしていた。その正面には男女数名、同じクラスの子だろうか。
「み……」
声をかけようとしたが、止まった。なにやら空気が不穏な感じがする。一人の女子生徒が美奈を指さしてあざ笑うような顔になった。
「……」
角に隠れて様子をうかがう。耳をそばだてると、どんくさい、のろま、役立たず、そんなワードを聴覚が捉えた。
「……!」
一人の男子が美奈の肩を押した。やや後方に姿勢を崩す美奈。辺りには心配そうに見守る子もいたが、集団を相手にかばい立てするのを躊躇しているようにみえる。
あいつら……。
美奈に絡んでいる輩を注視する。女が二人、男が三人、いかにも柄と頭が悪そうな顔立ちに見えた。
段々怒りが煮えたぎってきた、次に手を出したら介入すると決めたところで、美奈が頭を下げた。
満足したのか去って行く集団だが、去り際に一人が振り返って。
「あ!」
美奈の顔をめがけてソフトボールを投げつけた。それは美奈の口元にあたった。痛みからか口元を手で押える美奈。周りの女子生徒が数名、心配するように美奈に歩み寄った。
眉間に赤い筋が浮かんだ。憤激で、すっかり平温になっていた顔が再び熱を持ち始めた。美奈にボールをぶつけた男子の背を追う。悪びれた様子もなく、はしゃいでいた。顔と髪形をはっきりと視覚で捉えて、脳にインプットさせた。
あいつはぶっ潰す、そう決意するまでに一秒と要することはなかった。
美奈が友人たちに付き添われて保健室の方に歩いていく。駆け寄りたかったが、今はこらえる。美奈に事実関係を問いただしても素直に打ち明けるはずがない。あの娘は、自分が聖霊館の負担になるのを普段からひどく怖れている。
裏庭に向けてダッシュをかける。ここは彼らの諜報網を当てにさせてもらおう。
シートを敷いた裏庭、その一角で、蓮華園に所属する生徒たちが伸治、依織と駄弁っていた。かなりの人数で五年生もいる。
「おお、瞬、こっちだこっち」
清秀が手を上げた。
「ああ……」
腰を下ろすと、昼食となった。
食べ終わると同時に、
「えっと、みんなにちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「なんだよ?」
先ほど目撃した光景をかいつまんで説明した。伸治と依織が絶句して青ざめている。
「……確か沖中美奈ちゃんだったな?」
清秀の目が鋭い刃物のような輝きを見せた。
「ああ、五年の二組のはずだけど……。二組の子はいるかな?」
「ああ、いる」
美奈と同じクラスという男子生徒に、いきさつを聞いてみることにした。
「それならたぶん岡部のやつだと思います……」
あの下手人は岡部龍吾というようだ。その男子生徒の語るところによると、一学期までは影の薄い地味な男子だったという。だが、夏休み中に性質の悪い上級生たちの遊びに付きあい、岡部自身も悪い方向に自信をつけたらしい。
二学期からは、やたらクラスで不良振るようになり、上級生とのつながりを誇示して他の生徒を脅すようなことまで言い始めたという。
「ふん……典型的な勘違いコバンザメのイキり野郎だな」
清秀が吐き捨てるように言った。
「だが、どうして美奈を?」
「それは……」
岡部と一緒にいたあの女子生徒の暗躍らしいことを告げられた。どうやら、あの女子二人は以前から美奈のことを嫌っていたようで、二学期から調子に乗り始めた岡部を利用して、しばしばいじめまがいのことを繰り返すようになったという。
「信じられない……」
依織が、肩を震わせながら、声も震わせた。
「瞬、これは僕たちで……!」
立ち上がった伸治を手で制した。
「今すぐ、その岡部って野郎をぶちのめしに行くのは簡単だ。だがそれじゃ……」
「……後腐れが残るな」
気脈を合わせる瞬と清秀、方向性はだいたい決まった。
瞬たちは、あと半年で卒業してしまう。そうなれば、この小学校に残る聖霊館の児童は美奈だけになる。その時に、岡部たちが復讐に走らないとも限らないし蓮華園ら同盟の仲間だけに任せていいものでもない。
やつらに仕返しなど思い立てない程の徹底的な恐怖と、二度とこの学校でいきがれない恥辱を与えねばならない。
とりあえず今日はここまでとし、瞬たちは美奈の様子をそれとなく見ておく。蓮華園組は岡部の住所や上級生たちとのかかわりを調査することにした。
「悪い清秀、美奈は同盟の人間じゃないのに……」
「気にすんな、仲間の兄弟も仲間だ」
改めて同盟の生徒たちに謝意を述べると午後の部へと向かうことにした。
美奈のことは気がかりだが、頼まれた以上は集中して競技に取り組まなければならない。午後のバスケとポートボールでも、大いに勝利に貢献することができた。
閉会式が終わり、クラスで着がえると改めて清秀らと方策を話し合うこととなった。
「やつの情報はだいたい集まった。こっちで整理するから明日、蓮華園で作戦会議といこう」
「わかった」
さすが数が多いだけあって、情報収集も早い。
「瞬……」
依織が不安そうな表情を掲げて寄ってきた。無言で振り返る。
「その……美奈のことはもちろん私も心配だけど……あまり荒っぽいことには……」
依織も芽衣子らを不安にしたくないのだろう。
あの連中次第だ、と返そうかと思ったがやめにした。既にやつらは、暴力の行使という超えてはならないラインを踏み越えてしまった。かくなる上は目には目をもって挑むしかない。
「大丈夫、とりあえず話し合うから」
もうそんな次元ではないが、荒事の苦手な伸治や依織の手前、そう述べておいた。
「俺は、美奈を迎えに行ってくるから二人は先に正門まで行ってて」
スポーツバッグを手に持って教室を出る。敵情視察も兼ねて五年生の教室近くまで行くことにした。
そこで奇声を発して、廊下を走る男子3人を視認した。先ほどの連中に相違あるまい。
「……」
トイレに入るのを確認してから、さりげなく後を追う。入口付近に立って聴覚を集中させた。
「岡部、やりすぎだったんじゃねえの。沖中のやつ保健室行ったってよ」
「知らねえよ、あいつがとろいのがわりいんだろ」
つま先に力が入ってきた。
「お前、竹井にアピりてえんだろ」
竹井、おそらく美奈を敵視しているあの女子二人のどちらかだろう。
「っせ、以前からなんかムカついてたんだわあのチビ。きもちわりいどっかの施設のガキだしよ。小突いてやってもなにもできねえ雑魚だし、先公にチクることもできねえからほっとけ」
今すぐ、殴り込みをかけたくなったがなんとかこらえた。
岡部への殺意を新たにして、その場を立ち去った。もはやどうあってもやつを許すことはできない。
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