十九

彼は美香さんが殺されていた場所で警官と話をしていた。大事な話だったのかも知れないけど、まあなんとかこちらを優先してもらうことにしよう。

「栄吉さん、ごめんなさい今いいですか」

「ああ君か、すまんな今ちょっと話してんだよ」

まあそれは想定内だったし話が終わりそうな気配もなかったので、ついに仕掛けることにした。

「参ったなあ、どこいったかな私のパンツ」

案外すんなりと、口から嘘が滑り出した。しかし、罪悪感はやはりあったし全身から汗が酷く出る。そして実に稚拙な嘘だと自分でも呆れた。

栄吉さんがこちらを向いて、何言ってやがるこいつ、といった困惑した顔で口をぱくぱくさせていた。そしてすぐに警察官に待っててくれ、と言って慌てて走ってきた。

「君、今なんつったよ?」

「え、いえ。二日目の朝からパンツ見当たらなくて困ってるんです」

「よく探したのか?洗濯機とか」

「洗濯機はお借りしてないし、鞄の中に入れてた折りたたんであるやつですよ」

はぁ、彼はため息をついて頭を抱えた。

「私たちは知らん。夜鷹の野郎が取ったんじゃないのか」

「夜鷹さんはたえさんが亡くなった夜、太一さんと光也さんに挟まれてたから抜け出すことは出来なかったんですよ。逆に、あなた達三人は盗むことが出来たのではないですか」

本当に申し訳なくなってきた。いくらゆいのと私のためとはいえ、そのために人を騙すというのはどうなんだろうとか、今更ながら思えてしまった。しかし、そんな考えとは裏腹に。私の口からは嘘が実にスムーズにポンポンと出てくる。

「俺ぁ美香と二人で寝てるから無理だ。あいつは眠りが浅いからバレる。俺はあの夜トイレすら行ってないし、それにパンツなんて持って帰ったら尚更だぞ」

まぁそれはそうか。旦那が他所の女のパンツ握って帰ってきたら流石にバレるだろう。栄吉さんはこのことについては嘘は言ってない。

「じゃあ他の二人ですかね」

「知らん知らん!少なくとも二人のうちどっちかは朝までにトイレに行ってたみたいだが、それはあんたの部屋には入ってないだろ。だってそっちの扉開ける音はしなかったぜ」

それも恐らく本当だ。とすると、太一さんと光也さんはトイレに行っていることになる。この二人はたえさんを殺害しにいくチャンスがあったということになるけど……

「ちなみにだが、その時間はナツさんが台所にいたはずだからな。変な動きしたら絶対バレるぞ。彼女そういうの勘でわかるタイプだし」

え……ナツさんが台所にいた……?それだとその二人は犯行が……

「な、ナツさんはなんでその時間そこに?」

「おせちだよ、おせち作りの手伝いだ」

ああ……そうか、それがあったか。

「それ、何時頃のことですか」

「ナツさんがおせちを作ってたのは多分深夜1時までだ」

「なんで分かるんですか?」

「俺ぁ昔から寝付き悪くてな。布団に入ってからしばらく寝れないから、家の音を聞きながらそれを子守唄に寝る癖あるんだよな」

なんかずいぶんと子供みたいな癖だな……と思った。

「それでナツさんはでけえ独り言呟きながら部屋に戻ってったからわかる。たえさんはまだ残ってたと思うぞ、足を擦りながら歩く音がしなかったからな」

ご老人特有の歩き方か。確かにそれならわかりやすいと思った。

「ちなみにうちのバカ息子と光也だが……あれは何時頃かな。どっちかは流石に分かんねえけど、1時30頃から2時頃に行ったのは確かだ。寝ぼけながら時計確認した記憶があるが、その後寝ちまったらしい」

「そうでしたか、疑ってすみませんでした」

「まあいい、知らんやつの家で下着無くなったら疑いたくもなる」

「すみません、ありがとうございます。あと……美香さんのこと、本当に残念でした」

ああ……と流石に栄吉さんは口ごもった。

「俺が帰ってきたらもう逝ってたよ。俺の介護頼むつもりだったのに、くそ」

笑っておどけてみせたが、声は震えていた。

「……もう一度探してみます、お手数かけました」

おう、と言ってまた栄吉さんは警官の方へと向き直った。


私は栄吉さんに背を向けて、今聞いたことをメモに残した。


*たえさんはナツさんと1時まで一緒におせちをつくっていた。1時になるとナツさんは部屋に戻り、たえさんだけがおせち作りを続けた模様


*1時30分~2時の間に太一さんもしくは光也さんがトイレに行っている(もちろん夜鷹の可能性もあるが)


そして書く必要はないかとも思ったけど、すべての可能性を排除するため次のことも書いておいた。


*私たちの部屋の扉は朝まで開いていない。


またゆいを疑ったわけではない。信じるために書いたんだ。自分にそう言い聞かせ、私は次の人を探しに歩いた。

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