十七

とはいえ、意気込んではみたもののやはりいきなり嘘をついて回って情報を得ようとしても失敗することは火を見るより明らかだ。今のやる気と情熱任せだけではきっといつか綻びが生じ、そこからバレてしまうだろう。

この気持ちと、さらに慎重に練った作戦と筋書きが必要になる。今度こそ夜鷹さんはいないから、フォローしてくれる人も助けてくれる人もいない。私一人の戦いになる。

「さて」

証拠探しを一旦やめ、寝室に移動する。ゆいの布団には、もちろん誰もいない。私はその傍らに腰掛け、枕に手を置いた。温もりなんて絶対感じるはずはない、それは真実である。何があろうと変えようがない。夜鷹も言っていたけど、嘘は真実に変えられても、真実は嘘に変えられない。最初はよく分からなかったけど、つまりはこういうことだと思う。

例えば、これは「ゆいの温もりがある枕」だと私が嘘をつく、そして夜鷹の論法だとこの嘘は真実に変えられることになる。しかし、誰が確認してもその枕にゆいの温もりがなかったことは真実である。では何故私のつくその嘘は真実たりえるというのか。それは、私が「ゆいの温もり」ではなく「自分の温もり」だとすり替え、嘘をついているからであるからか?確かにそれなら「ゆいの温もりがない枕」という真実は「私の温もりがある枕」ということにはなり、温かさがあるという点では真実になる。しかしそれは果たして私の中その温もりが「ゆいのものである」と完全に置換出来てしまったことになるだろうか。

今度は「ゆいの温もりがない枕」を、「私の温もり」ではなく完全に「ゆいの温もりがある枕」だと嘘をつくことにした場合はどうだろう。でもこれは実際ゆいの枕に温もりなんかはなくて、真実だから変えられない。でも、私は自分の中でそれはゆいの温もりだ、と嘘をついて真実だと言い張っている。

結局どちらにせよ酷い矛盾が生じ、真実を嘘で覆せていない。とすると、夜鷹の言っていたことは間違っているようにも思えてくる。しかし、嘘と真実の決定的な違いに気づければ、これはいとも簡単に理解が出来、気づけることだ。

真実は客観的であり、嘘は主観的である、ということ。

どういうことかと言うと、真実は自分以外の全員が認めることの出来る、認めてしまうことの出来る事実のことをいう。つまり、自分がなんと言おうと他人が指摘すれば、それは真実なのである。

では嘘はどうか。嘘は他人がなんと言おうと、自分がそうだと思っている限りその事象を侵されることがなく、逆を言えば自分が偽って話していることさえ真実に変えてしまうことが出来る、ということである。

つまり他人の指摘を受けることになる真実だけは嘘になることが出来ない。しかし嘘は「信じる者の中で」に限るが、真実に変えてしまうことが出来るという事を夜鷹は言っていたのだ。

つまりこの場合、

「私以外には触れることの出来ないゆいの温もりが確かにある」と嘘をつくことで私の中でようやく真実になるのである。

酷い詐欺師が使う方便のようだけど、これが正解だ。



ゆいは、嘘を使って何を自分の中で真実にしたかったのか。

私はゆいの望んだ事件の解明だけではなく、ゆいが嘘で変えたかったもの、信じたかったものも知りたい。

知って、知った上でそれを共に信じてあげたいと今になってようやく思えたのだ。

嘘が完全にいいものだとは、絶対に言うつもりはない。

だけど自分も人も守り、残酷な真実から人を優しく包み込む嘘なら、今の私は喜んでそれに縋る。


「うん、やろうか。もちろん、ゆいも一緒にね」

私は顔を手で二度軽く叩き、まずはこの家の人物を頭に思い浮かべた。そして、事件をゆっくり振り返ることにする。


まず事件をどこから振り返るかだけど、これは最初のたえさんの殺人からで問題ないと思った。

この村に来る時に電車の中で使ったメモとペンを鞄から引っ張り出し、分かる範囲で書き出し始めた。

「夜鷹さんが戻るまでに、少しでもいい。情報を集めておこう」

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