第171話 お似合い

『プロテストを受けて、B級ライセンスを取ったら海外に行く』と断言した数週間後。


親父の了承も得たし、あとはプロテストを受けるだけなんだけど、その前に立ちはだかる『テスト』期間が目前に迫っている。



テスト前の部活停止期間には、千歳を俺の家に呼んで勉強を教わり、テストに備えていたんだけど、千歳が隣にいると、どうしても邪な感情が生まれてしまう。


「なぁ、そろそろ休憩しない?」


「しない! ちゃんと勉強しなきゃダメ!!」


千歳を誘うように言っても、千歳は靡く事なく、俺の言葉をシャットアウトしてしまう。


どんなに不貞腐れた振りをしても、千歳は『勉強』の言葉しか言わないし、しつこく言うと、無言でグローブを手にはめ、俺の腹を殴る『腹筋』をし始めてしまうため、本当に疲れた時以外は『休憩』の言葉を切り出せないでいた。



甘くない千歳のおかげで、テストの点数と筋力、体の柔軟性が上がり、ジムに行ったときには光君に褒められるように。


『千歳と二人っきりで勉強してた』と言うと、英雄さんに何をされるかわからないため、照れ笑いでごまかし続けていた。



試験休みに入ると同時に、英雄さんに切り出され、ヨシ君の部屋で下宿開始。


毎日、朝から晩まで一緒に居られることはかなりうれしいんだけど、英雄さんがどこで目を光らせているかがわからないし、千歳の部屋にいると、ヨシ君が当たり前のように英雄さんにチクってしまうため、千歳の部屋に行くことは少なかった。


出来ることといえば、ヨシ君が入浴中に部屋に行き、手を握ったり、二人で買い物に行くことくらい。


『下宿しないほうが近かったんじゃないのか?』ってくらい、距離を感じていたんだけど、以前のような、千歳が遠く離れていくような寂しさはなくなっていた。



毎朝、千歳とロードワークに行き、ジムの手伝いをしながらトレーニングをする日々を過ごしていたんだけど、主婦層のトレーニング時間中、久しぶりに会った柿沢さんが俺に近づき切り出してきた。


「あら! 奏ちゃん!! 久しぶりじゃない!!」


『奏ちゃん?』と思いながらも挨拶をすると、柿沢さんは俺の腕を引っ張り、小声で切り出してくる。


「奏ちゃん、この前ちーちゃんと歩いてたでしょ?」


「この前っすか?」


「いいのいいの! 英雄さんには内緒にしておくから!! 二人でお米屋さんに行ってたでしょ?」


「ああ。 買い出し行ってたんですよ」


「シー!! 英雄さんに聞かれちゃうわよ!! 良いじゃない。 年下の女の子。 お似合いだったわよ?」


『その英雄さんに言われて買い出し行ったんですが… しかも千歳はタメだし…』


間違いを指摘できないまま、柿沢さんに腕を叩かれ続け、苦笑いを浮かべる高山さんと吉野さんの手伝いをし続けていた。



あっという間に数日が過ぎ、クリスマスイブになったんだけど、千歳はバイトに行ってしまい、家にいるのは俺と英雄さんとお母さんの3人だけ。


『いろいろと違う気がする…』


そんな風に思いながら夕食を取り終え、食器を洗っていた。



翌日は部室の大掃除があったため、千歳と二人で学校に向かっていた。


部室の大掃除を終えた後、ボクシング場の大掃除をしていたんだけど、陸人は千歳に話しかけようとしてはため息をつき、諦めたように掃除をし続けていた。


「陸人、どうした?」


「あ、奏介さん… ちょっといいっすか?」


陸人に切り出され、部室に行くと、陸人は真っ赤な顔をしながら切り出してきた。


「あの… 千歳さんって、菅野ちゃんと仲いいっすよね?」


「菅野?」


「女子陸上部マネージャーで1年の菅野千夏ちゃんです」


「ああ、前にダンボール運んでやってた子?」


「そうっす!! あの子って、彼氏いるんすかね?」


「俺に聞くなよ」


「ですよね… やっぱ、千歳さんじゃないとわかんないっすよね… どうしよう… 千歳さん、マジカッコよすぎて話しかけらんないんすよね…」


陸人がため息をつくと、廊下から千歳の声が響き渡ってくる。


「ちなっちゃ~ん! おはよ~! この前ありがとね~!」


陸人は千歳の声に反応するように、ビクッと体を跳ねさせていた。


すると、千歳は1年女子陸上部のマネージャーである千夏ちゃんを連れて部室に入り、カバンを漁り始める。


その間、陸人と千夏ちゃんは、お互いをチラチラと見ては顔を赤くし、微妙な距離を保っていた。


『へぇ~… お互い気にしてんじゃん。 何気にお似合いじゃね?』


そんな風に思いながら、お互いを気にしあい、顔を赤らめる二人を眺めていた。

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