第156話 アイス

千歳と言い合いをしていると、カズさんがリングに上がり切り出してきた。


「ちー、降りろ」


「まだケリついてない!!」


「洗濯の時間だろ? 行ってこいよ」


千歳は不貞腐れたようにリングを降り、カズさんとスパーリングをしていたんだけど、千歳とのスパーに目が慣れたせいか、カズさんの動きがスローに見える。


『千歳と全然違う…』


千歳と全然違うと思いきや、カズさんのパンチは千歳のハイキックと同等の威力をしていた。


『さすが兄妹。 威力は同じ』


そう思いながらスパーをし続け、気が付くと周囲からヤジが飛んでいた。


何度も殴られては殴り返し、倒れては起き上がり続けていたんだけど、カズさんは楽しそうにパンチを繰り出し続けている。


英雄さんが間に入り、スパーリングを終えると、カズさんが俺に手を差し伸べながら切り出してきた。


「やっぱお前面白いわ」


「そうっすか?」


「闘争心が強いのもあるけど、こっちもマジにならないと、1撃でやられそうな気がすんだよ。 またやろうぜ」


カズさんの腕を掴みながら立ち上がり、リングを降りると、英雄さんが切り出してきた。


「今、何ラウンドやったかわかるか?」


「全然わかんないっす」


「12ラウンドだ。 ちーと3ラウンドやって、カズと9ラウンド。 まだまだいけそうな感じだけどもう休め。 今日は夕食後に軽くストレッチするだけでいいぞ」


返事をした後、ベンチに座ってみんなを眺めていたんだけど、ジッとしていることができず、谷垣さんに一言告げてから、洗濯物を持って、千歳のいる屋上に向かっていた。


屋上に行くと、いくつものバスタオルやバンテージが干してあったんだけど、千歳と薫はバスタオルの影にあるベンチに並んで座り、アイスを食べていた。


「…何してんの」


「きゅ~け~。 そっちは?」


「トレーニングしゅ~りょ~」


そう言いながら千歳の隣に座り、アイスを食べる横顔を見ていると、左瞼の上が少しだけ腫れあがっている。


「痛むか?」


「全然」


千歳は『俺よりアイスに夢中です』と言わんばかりに、アイスを食べ進める。


その横顔にイラっとし、無言で千歳の手を掴み、アイスを自分の口元に持ってきた後、パクっとかじりついた。


「あ~! また食べた!!」


「一口ぐらいいいだろ?」


「一口がでかいんだっつーの!」


その後も千歳と軽く言い合いながら話していると、薫が不思議そうな表情をしながら切り出してくる。


「…二人って付き合ってるの?」


「付き合ってない」


千歳は間髪入れずに即答し、またしてもイラっと来てしまった。


「『まだ』だろ?」


「私は父さんに近づく駒でしかないしねぇ~」


「あんな奴の言う事信じるなって! 大体、俺と付き合いたいから、ガチスパーしたんだろ!?」


「は? 何それ?」


「桜さんから聞いたよ。 『自分よりも強くないと、英雄さんが認めてくれないだろうから、俺に勝ってほしい』って言ってたんだろ」


「え? そんなこと言った覚えないけど? つーかそれ、桜ちゃんの話だよ? 桜ちゃん『自分より強い男じゃないと付き合いたくない』っていつも言ってるし」


「へ? 桜さんの話なの?」


「うん。 強いとか強くないとか関係ないし、父さんも関係ないじゃん」


平然と言い切る千歳の言葉に、軽いショックを受けていた。


『だ、騙された… 覚悟を決めて千歳に殴りかかった結果これかよ…』


がっかりと肩を落とし、八つ当たりをするように、千歳の持つアイスに噛り付いていた。


アイスを食べ終えた後、洗濯機の音が鳴り響き、薫は食堂の掃除に行ったんだけど

千歳は洗濯物を干し始める。


慣れた感じで洗濯物を干す千歳の隣で、洗濯物を干し続けていた。

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