第154話 優しさ

ヨシ君と智也君、凌の4人で話していると、ドアがノックされ、薫が中に入ってきた。


「奏介君、ミーティングするって」


薫に切り出され、食堂に行ったんだけど、千歳の姿はないままにミーティング開始。


翌日の予定を谷垣さんから聞いた後、部屋に戻っていた。



翌朝。


アラームの設定を変え忘れたせいで、朝の4時にアラームが鳴り響く。


2段ベッドの上で寝ていた智也君に、無言でペットボトルを投げつけられ、完全に目が覚めてしまった。


『しゃーねーなぁ… ロードワーク行こ』


準備をした後、部屋を後にすると、宿舎の入り口で千歳がストレッチをしているのが視界に飛び込む。


千歳に駆け寄ると、千歳はチラッと俺を見ただけで、宿舎を後にしてしまった。


慌てて千歳を追いかけ、ピッタリと寄り添うように走り出す。


お互い、挨拶も交わさないままに海岸沿いを走っていると、右足に激痛が走り、思わず足を止めてしまった。


右足を抑えながら痛みに堪え、立ち止まっていると、駆け寄る足音と同時に、千歳の声が聞こえてくる。


「どうしたの?」


「足攣った…」


千歳はため息をついた後、俺を歩道沿いにある、少し高くなった段差の上に座らせ、駆け出してしまった。


『完全に置いてかれた…』


小さくため息をつき、痛みが治まるのを待っていると、千歳は俺の正面にしゃがみ込みながらスポーツドリンクを差し出し、呆れたように切り出してきた。


「走る前にストレッチした?」


「してない…」


「水分補給は?」


「…してない」


「寝起きなんだし、ちゃんと水分補給して、ストレッチしなきゃダメじゃん」


千歳はため息交じりに言った後、当たり前のように俺の靴を脱がし、自分の膝の上に俺の足を乗せ、足首をゆっくりと回し始める。


徐々に痛みが治まっていく中、真剣な表情でマッサージをしてくれる千歳を見ていると、自然と顔がほころんでいた。


「もう大丈夫。 サンキュ」


「戻って、休んだほうがいいよ?」


「いや、もう大丈夫だよ。 走れる」


はっきりとそう言い切ったんだけど、千歳は海を眺めるように段差の上に座り始める。


「走んないのか?」


「ちょっと休憩」


『…もしかして、気遣ってる?』


不思議に思いながら千歳の隣に座り、海を眺めていた。


波の音を聞きながら、ゆっくりと朝日が昇るのを待っていると、千歳が切り出してきた。


「ねぇ、なんでスパーの時、グローブばっか狙ってたの?」


「殴れねぇよ。 千歳は女なんだし…」


「…最初は『リング上がれ』って言ってきたくせに。 左ストレートだって、顔狙ってきてたじゃん」


「あの時と今は違うだろ?」


「違くない。 どんなに対戦したくない相手でも、どんなに相手との格差があっても、同じリングに上がったら、ちゃんと向き合って、全力で挑まないと、相手に失礼だよ」


「…もし、昨日の俺みたく、相手が逃げまくってたらどうする?」


「ん~。 追い込んで追い込んで、追い込みまくる。 自分からギブアップしてくるまでね。 ギブアップしなかったら、リングアウトさせちゃうかな?」


「リングアウトか…」


小さくつぶやくように言った後、ふと星野とのことが頭に浮かび、千歳の言っていた言葉が思い浮かんだ。


『黙って諦めるのを待ってても仕方ないし、俺なりのやり方で追い込みまくって、リングアウトさせるか』


自分の気持ちをはっきりさせた後、ゆっくりと朝日が昇り、辺り一面を明るく照らし始める。


千歳は大きく伸びをした後に立ち上がり、手を差し出してきた。


「いける?」


「ああ。 サンキュな」


「あ、スポーツドリンク代、後で払ってね」


「おごりじゃねぇの?」


「そこまで優しくないよ~だ」


千歳はいたずらっ子のように笑いかけた後、宿舎に向かって走り始め、急いでその背中を追いかけていた。

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