第150話 喪失感
テスト前の部活停止期間になっても、千歳は俺と口を聞かず。
『振られた気分… まじで早く解決しないとなぁ… けど、千歳には自分で解決してから話したいし、星野があの調子だしなぁ…』
そんなことを考えながら、自宅で勉強をしていたんだけど、カズさんは見るに見かねたのか、毎晩のように飲みながら勉強を教えてくれていた。
カズさんのおかげで、補習を受けることもなく、夏休みに入ることができたんだけど、千歳とは相変わらず話さないまま。
学校帰りに千歳を見かけると、隣をぴったりとくっついて歩いていたんだけど、千歳は俺が隣に並んだ途端、歩く速度を速めてしまうせいで、二人で競歩をしているようになっていた。
千歳は競歩のまま、おじいちゃんの家に駆けこみ、制服のままジムに行くことはなくなっていた。
夏休みに入ったある日のこと。
ジムに行き、腹に吉野さんのパンチを受け続ける腹筋を終えた後、英雄さんは嬉しそうに切り出してきた。
「足腰、かなり鍛えられてきたな。 走りこんでるのか?」
「カズさんが朝4時に起こしてくれるんすよ。 10キロ走って、筋トレした後に朝飯っす。 飯も栄養バランスを考えて作ってくれるし、勉強も教えてくれるんで、かなり助かってます! あ、今回のテスト、赤点なかったんすよ! すごくないっすか?」
はっきりとそう言い切ると、英雄さんは複雑そうな表情のまま俺から離れていき、ヨシ君の顔を見るなりスパーリングを始めていた。
夏休み中は、部活とジムの往復ばかり。
千歳は陸上部の大会が近いせいで、ボクシング部に顔を出すことがなくなり、星野に付きまとわれることもなく、ボクシングに集中することができていた。
ある日のこと。
部室に行こうとすると、グランドを走る千歳の姿を見かけ、思わず立ち止まってしまった。
千歳は前を走る女の子たちをぐいぐいと追い抜き、どんどん加速しながら走り続けている。
すると、グランドの片隅にいた1年の女の子が声を上げた。
「千歳さぁん! 休憩で~す!」
千歳は声に反応するように女の子の元へ行き、差し出されたタオルを受け取り、顔をゴシゴシと拭いていた。
一人の女の子が声を上げると、千歳の周囲は笑い声が起こり、和気あいあいとした空気に包まれている。
『千歳さんか… 完全に陸上部の一員なんだな…』
そう思うと、何とも言えない喪失感に襲われてしまい、その場を後にすることしかできなかった。
喪失感を振り切れないまま着替えた後、ボクシング場に行くと、ヨシ君がボクシング場に入ってきた。
「あれ? どうしたんすか?」
「親父のお使い。 合宿のことで聞きたいことがあってさ。 ちーは?」
「大会近いから陸上部行ってますよ。 グランドにいませんでした?」
「誰もいなかったよ? あいつ、間違えて俺のグローブを兄貴に届けたんだよなぁ… 更衣室、見に行ってみるか」
ヨシ君は当たり前のようにそう言い切り、廊下を歩き始めてしまい、慌ててヨシ君の後を追いかけながら引き留めた。
「ちょ! ダメだって! 更衣室って女子更衣室だよ?」
「お前知らねぇの? サッカー部の部室に穴が開いてて、そこから女子更衣室見えるんだぜ? シャワールームまで丸見えよ?」
ヨシ君の言葉に、思わず固まってしまい、頭の中にはシャワーを浴びる千歳の姿が思い浮かぶ。
「嘘に決まってるじゃん。 そんなんあったら、すぐ塞がれるっつーの」
ヨシ君の言葉にがっかりと肩を落としていると、ヨシ君は更衣室に向かおうとしている千歳を見つけ、何かを話した後に走り去っていた。
千歳もまっすぐに更衣室へ向かってしまい、一人廊下に取り残され、またしても喪失感に襲われて続けていた。
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