第149話 隣

千歳が俺を使い、1年にクリンチの説明をした部活後。


みんなと話しながら着替え終え、家に帰ろうとすると、前を歩く千歳の後ろ姿が視界に飛び込んだ。


千歳を追いかけ、隣にぴったりと寄り添うように歩き始めると、千歳は歩くスピードを上げてしまう。


千歳の隣から離れないよう、スピードを上げて歩き続けていると、千歳はいきなり走り出し、慌ててそれを追いかけていた。


千歳と並んで走り続け、二人とも制服のままジムの前へ。


ジムの前で呼吸を整えていると、千歳が息を切らせたまま切り出してきた。


「なんで追っかけんのよ…」


「なんで逃げんだよ…」


「そっちが追いかけるからでしょ?」


「そっちが逃げるからだろ?」


「奏介が追いかけてくるから、制服のまま帰ってきちゃったでしょ!?」


「千歳が逃げるから、制服のまま来ちまったんだろうが!!」


八つ当たりをするように怒鳴りあっていると、英雄さんがジムから出てきた。


「なんだお前ら、制服か?」


不貞腐れ、英雄さんに答えることができずにいると、英雄さんは当然のように切り出してくる。


「ちー、明日も学校だろ? 着替えてから帰って来いよ」


「え? …また?」


「明日もじいさんちで着替えるんだろ? すぐに行って来いよ。 奏介は着替えあるんだろ? 着替えてこい」


千歳は返事もせず、制服のまま走り出してしまい、小さくなっていく背中を見送ることしかできなかった。


『トレーニングウェアに着替えて行けばいいのに… それか、明日の朝、制服持って行くとかさ… 英雄さんもあれだけど、千歳もあれだよなぁ…』


絶対、口には出せないことを考えながら、更衣室でトレーニングウェアに着替え、高山さん相手にミット打ちをし続けていた。



翌日の登校時も、千歳の背中を見つけて追いかけ、走ったまま学校についてしまう。


朝はカズさんが4時に起こしてくれるおかげで、トレーニングも欠かさずできているし、登校時も千歳と走っているせいか、授業中は眠くて仕方なかった。



放課後、部活に行こうと廊下を歩いていると、陸上部の部室から千歳が現れ、女子生徒と一緒にグラウンドに向かおうとしていた。


『一気に近づいたと思ったら、一気に離れちったなぁ…』


頭を過った言葉に、がっかりと肩を落としながら部室に向かおうとすると、星野とすれ違ったんだけど、星野は完全に見て見ぬふり。


『千歳の泣き顔が見たいだけか。 何が面白いんだろうな… つーか、あいつ絶対に泣かないぞ? 今まで千歳の涙って見たことないし、下手したら俺の方が先に泣くんじゃね?』


素朴な疑問を抱きながら部室に入り、着替えを終えた後、ボクシング場へ。



畠山君と佐藤の3人でストレッチをしていると、薫がボクシング場に入り、切り出してきた。


「さっき、谷垣先生から聞いたんだけど、夏休みの合宿、今年はお盆明けみたいだね。 英雄さんたちが来てくれるらしいんだけど、桜コーチの都合がつかなくて遅れてくるみたいだよ」


「桜さん来るんだ」


「うん。 今回は中田ジムの合宿も兼ねて行くみたいなんだけど、千歳ちゃんは陸上部の合宿と被ってるから来れないんだって。 来週から部活停止期間に入るし、今日みんなに言うみたいだよ」


薫の言葉を聞き、がっかりと肩を落としたままストレッチを終え、ミット打ちする畠山君のパンチを受けて続けていた。

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