第146話 感動

カズさんが家に逃げ込んだ翌朝。


カズさんに起こされ、目を覚ますと朝の6時。


「2~3日、トレーニング休んだ方がいいぞ?」


カズさんにそう切り出され、鏡を見ると、あれだけ腫れ上がっていた左目の腫れはほとんど引いていたんだけど、まだ少し腫れていた。


「腫れが引いて、トレーニング出れるようになったら、4時に起こしてやるよ。 しばらくゆっくりしろ」


まるで、実の兄のようにそう言い切られ、朝から小さな感動をしていた。



学校に行く準備をし、千歳に渡すはずだった、クマの小さなぬいぐるみをカバンに入れると、家を飛び出す直前、カズさんは手作り弁当を手渡してくれた。


朝から感動しっぱなしだったんだけど、学校に行こうとすると、千歳の後ろ姿が視界に飛び込み、さらに感動してしまう。


千歳の隣に寄り添うようにしながら歩き始めると、千歳は俺の顔を見ながら切り出してきた。


「おはよ。 腫れ、だいぶ引いたね」


思わず抱きしめたい衝動に襲われたんだけど、ぐっと拳を握り締めて我慢し、千歳の隣を歩き続けていた。



この日から、カズさんが朝4時に起こしてくれたおかげで、毎朝、千歳と登校することができていたんだけど、星野の解決策は何も思い浮かばず。


星野は『付き合え』と言ってきた割には、俺に近づこうともしないし、電話番号やライン、アドレスだって聞き出そうとはしない。


『俺には無関心なんだ。 そりゃそうか。 あいつは千歳を不幸にしたいだけだもんな… それよりどうすっかなぁ…』


退屈な授業を受けながら、対応策を教えてくれない教科書を眺めていた。



放課後になり、千歳の背中を探しながら歩いていると、背後から駆け寄る足音が聞こえ、何気なく足を止めて振り返ると、千歳が駆け寄ってきた。


『初めて追いかけてきてくれた… マジ嬉しいんだけど…』


小さな感動を抱きながら千歳の隣に並んで歩き始めると、千歳が切り出してきた。


「女子陸上部、3000メートルの選手がいないから手伝ってほしいって言われたんだよね。 合宿も来いって言うんだけど、最終日がボクシング部と被ってるんだって。 どうしたらいかな?」


「あ~… 合宿って、今年も英雄さん来るのかな?」


「行くって言ってた。 この前、奏介がヨシ兄たちとやり合ってるときに、谷垣さんから電話があったらしいよ。 吉野さんと高山さんが居残りして、またヨシ兄と智也君が手伝いに行くって言ってたなぁ。 桜ちゃんも休みが被ってたら行くって。 凌君は返事保留にしてた」


「俺的には千歳に来てほしいなぁ… 去年、薫が一人でめっちゃ大変そうだったし」


千歳は思い悩んだ様子で唇を尖らせ、考え込んでしまい、思わず本音が口から零れ落ちた。


「その顔やめて?」


「なんで?」


「キスしたくなる」


真剣にはっきりそう言い切ると、千歳は足を止めず、笑いながら切り出してきた。


「よくわかんない問題は解決したの?」


「なーんも。 あ、前に海外行ったじゃん。 その時のお土産。 何がいいかわかんなくて、こんなのになっちゃったけどさ」


千歳に小さなぬいぐるみを手渡すと、千歳はそれを手に持ち、嬉しそうな表情を浮かべた後、クマのぬいぐるみに話しかけるように切り出してきた。


「よくわかんないけど、早く解決しないと逃げちゃうぞ~」


「逃がさねぇよ。 俺も足、速くなったし、絶対追いつく」


「んじゃ、陸上部の合宿行って、逃げ切れるようにトレーニングしなきゃね」


「んじゃ、俺も早く追いつくように、ロードワーク長めにしよ」


冗談を交えながら、肩を並べて笑い合えることに、小さな感動を覚えながら、頭を悩ませる問題のことなんか忘れ、歩き続けていた。

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