第97話 距離

「奏介、中田のこと聞いたか?」


終業式のため、久しぶりの学校だったんだけど、教室に入った途端、徹に切り出された。


「中田って中田千歳?」


「そそ。 キックボクシングのアマチュア大会に出るから、陸上の春季大会に出れねぇとかほざいてるらしいぜ?」


「ほざいてるって…」


「あいつ、夏季大会2位だったのに、出ねぇとかマジふざけてね?」


「それは自分で決めたことじゃん。 徹がどうこう言う必要なくね?」


徹は文句を言いながら自分の席に戻ってしまい、周りの席の奴らに愚痴を話し始めた。



『キックの試合に出ることってそんなに悪いことか? 徹には何の関係もないだろ?』


素朴な疑問を抱えながら自分の席に着き、退屈な一日を過ごしていた。



周囲は徹の話を聞き、意見は真っ二つに。


「出るだけ無駄」と、始まる前から非難するやつもいれば、「すげーじゃん」と感心した声を上げるやつもいる。


文化祭の時に行われた、招待試合を見ていたやつらは、勝利を確信しているようで、「あいつなら絶対勝つって!」と、羨望の眼差しをしながら、千歳のことを話していた。



周囲が千歳の話をするたびに、どんどん千歳が遠く離れてしまうように感じ、終業式が終わった後には、何とも言えない寂しさに襲われていた。



終業式を終えた後、自宅に帰ろうと歩いていると、千歳の後ろ姿が視界に飛び込んだ。


慌てて千歳のことを追いかけ、隣にぴったりと寄り添うように、同じペースで歩き始めると、さっきまでの寂しさは徐々に小さくなり、千歳に切り出した。


「今日ってバイトだっけ?」


「うん。 大会出るから週1に減らしてもらわないと」


「気合十分だな」


「当たり前じゃん。 初の公式戦だし、陸上の春季大会も断っちゃったしね。 あとは全力で突っ走るのみ」


目を輝かせ、自信に満ち溢れた表情をしながら、まっすぐに前を向いて言い切る千歳の横顔を見ていると、遠く離れた存在に感じてしまう。


それと同時に、ガラスの壁越しに見ていた時のことを思い出し、思わず足を止めてしまった。


千歳は足を止めた俺に気付かず、どんどん先に行ってしまう。



近づきたいけど近づけない。


千歳と自分の間に、大きく立ち塞がったガラスの壁を感じていると、千歳が振り返り、不思議そうな表情をしていた。


「奏介? どうしたの?」


「…走りすぎんなよ?」


「ケガの心配?」


「いや、俺が追いつけなくなる」


はっきりとそう言い切ると、千歳は申し訳なさそうな表情をし始める。


ゆっくり歩き、千歳の前に立った後、千歳の頭をグシャグシャっと撫でてた。


「バイト、遅刻するぞ」


寂しさを感じながらそう言うと、千歳は黙ってうなずいた後、ゆっくりと歩き始めた。



こんなに近くにいるのに、どうして寂しいんだろ?


ぴったりと寄り添って歩いてるのに、どうして遠く離れた存在に感じるんだろ?


もっと頑張って、千歳に追いつかないと、寂しさは消えないのかな…


千歳に追いついてないから、告白だって冗談として受け止められたし、抱きしめたこともなかったことにされてるのかな…



ポケットの中に手を入れた後、寂しさを握りつぶすように、拳を握りしめていた。

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