第25話 甘い

週末。


バイクで職場に行き、オーナーの指示のもと、作業をしていると、オーナーの息子で、2コ下の俊が話しかけてきた。


「元キックボクサー。 飲み物、冷蔵庫に作っておいたからね」


「サンキュ」


一通りの作業を終えた後、オーナーの奥さんである沙織さんが店に来て、イートインコーナーの掃除を始める。


少しすると、バイトで大学生の理央ちゃんが来たんだけど、見るからに『寝不足』って感じで、普段よりもやる気がなさそう。


少し休憩した後、店が開店したんだけど、朝一に客としてきたのが桜だった。



桜とは、家に避難して以降会ってなかった。


避難したその日は、二人して飲み潰れ、気が付いたら朝だったから、何かがあったわけでもなく、タイミングが合わなくて顔を合わせていなかっただけ。



思わず顔を出すと、桜は「カズ兄のおすすめって何?」と切り出してきた。


「プレゼント?」


「そ。 千歳の高校入学祝いしようと思ってね」


「…男作れば?」


「私より強い男じゃないと嫌。 みんな女相手だと思って、手加減するから勝っちゃうんだよねぇ… 唯一勝ったのが、英雄さんと千歳だけ」


「ふーん。 千歳はこれが一番好きだよ」


そう言いながら、一番高いカットケーキを指さすと、桜は当然のように「おごってくれんの?」と切り出した。


「ちーのお祝いなんだろ? 自分で買えよ」


「えー… 予算がさぁ…」


桜はぶつぶつ言いながらケーキを選び、結局イチゴのホールケーキを買って店を後にしていた。



沙織さんはそれを見て「彼女、面白いわね」と言いながらクスクス笑っている。


「自分に素直って言うか、軽く呆けてるんすよね」


沙織さんと話しながら裏に行き、焼き菓子を作り続けていた。



仕事を終え、バイクで家に帰ると、千歳と桜がキッチンでケーキを食べようとしていたんだけど、千歳の左こめかみがうっすらと赤くなっている。


「親父?」


「うん」


「何ラウンド?」


「ダウンするまで」


「うわ… その親父は?」


「風呂」


桜がケーキをカットする中、千歳と話していたんだけど、桜はケーキを一口食べた途端「甘すぎ!!」と声を上げた。


「ケーキは甘いじゃん」


「にしても、生クリームが甘すぎ!! もっと甘さを抑えないと、イチゴの味が消されてる! ついでに言うと、上に削ったチョコを乗せるとマジ嬉しい!」


なんとなく千歳の食べていたケーキに手を伸ばし、一口食べたんだけど、言われてみれば甘すぎるような、そうでもないような感じだった。



翌日。


オーナーに桜から言われたことを告げると、「新メニューとして作ってみようか」との話になり、仕事を終えた後、新メニューを作り始めることに。


砂糖の分量を減らしたり、種類を変えたりしていたんだけど、桜の言ってたイメージがわからず。



休みの日に、自宅に桜を呼び出して、生クリームを作っては、桜に味見をさせていた。


何度か試作を作った後、桜のOKが出た生クリームでケーキを作ると、桜は「これ! これにビターチョコを削って乗せたら感激する!」と切り出してきた。


甘さが控えめで、イチゴとビターチョコの味が引き立つ作りにし、オーナーに試作品を食べてもらうと、オーナーは「大人向けの味だね。 試しに並べてみよう」と切り出していた。


個数限定で店頭に並べたんだけど、意外にも評判がよく、すぐにリピーターが付くように。


これがきっかけで、大半の商品に乗せている生クリームの配合を変えたんだけど、見る見るうちに売り上げが伸び、来客数もかなり増えていた。

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