第23話 違和感
数日後から、念願だった『広瀬ジム』に通い始めていた。
更衣室に入ると、同い年っぽい男が着替えている最中。
ロッカーの適当な場所を開けると、そいつが話しかけてきた。
「新入り?」
「そうだよ」
「名前は?」
「菊沢奏介」
「なるほどね… 俺、松坂達樹。 達樹って呼んで。 俺、VIP会員だから」
なぜか偉そうに、スマホを弄りながらそう言ってくる松坂に、小さな嫌悪感を抱いていた。
『ブルジョアのバカ息子って感じだな…』
そんなことは言えないまま、着替えていると、達樹が再度切り出してきた。
「なんで広瀬にしたん?」
「中田英雄がトレーナーやってるって聞いてさ」
「ああ。 もう辞めたよ」
「は? なんで?」
「そこまでは知らないけど…」
「千尋は? 娘の千尋。 俺らと同い年の女」
「どういう関係?」
「小1の時、同じ学校だったんだけど、何も言わないで転校しちゃってさ… ずっと探してるんだ」
「仲良かったん?」
「いや、話したこともないよ。 けど、ずっと探してる」
達樹は少し考えた後、「いるよ」とだけ。
「マジで!?」
思わず声を弾ませてしまうと、達樹はスマホを弄り始めた。
「今呼んだからあとで来ると思う」
「え? 知り合い?」
「従妹。 ま、楽しみにしててやれよ」
達樹は偉そうにそう言った後、更衣室を後にしていた。
『もうすぐ千尋に会える…』
そう思うだけで、胸の奥がギュッと締め付けられ、急いで4階に向かっていた。
4階に行き、トレーナーの指導の下、筋トレをしていたんだけど、しばらくするとドアが開き、制服姿の女の子が中に入ってきた。
髪が長く、いかにも『お嬢様』って感じの女の子は、まっすぐ奥にあるベンチに向かい、隅っこに腰掛けると、チラチラこっちを見てくる。
女の子の視線を感じながら、筋トレを終えると、トレーナーが歩みより「また来週な」と声をかけてきた。
すると、サンドバックを殴っていた達樹が歩みより「千尋、来たじゃん」と切り出す。
「え? あれ?」
そう言いながら、制服姿の女の子を指さすと、女の子は近づいてきたんだけど、達樹は「お前、顔覚えてねぇの?」と、ニヤニヤしながら切り出してきた。
3人でボクシングルームを出た後、マジマジと千尋を見たんだけど、昔の印象のかけらもない。
昔はかっこよくて、もう少し釣り目だったような気がするんだけど、はっきりとは思い出せない。
今は『かわいいらしいお嬢様』という感じで、昔の印象とは正反対の千尋に、違和感しか感じなかった。
「…本当に千尋?」
女の子に確認するように聞くと、女の子は黙ったまま頷くだけ。
『こんなお嬢様じゃなかったよな… 10年近く経ってるから変わっちゃった? キックボクシングは?』
聞きたいことがいろいろあったんだけど、うまく言葉にできないでいると、千尋は急に切り出してきた。
「久しぶり。 …初めて話すよね。 何も言わないまま転校してごめんね」
『千尋だ!』
この言葉を聞いた途端、違和感が一気に消え去っていた。
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