第13話 住所
親父の話を聞き、何も言えないままでいると、親父が意を決したように切り出してきた。
「引っ越すか。 元々、奏介の本当の母さんが設計した家だったんだけど、ここはもう辛いよな…」
寂しそうに呟いてくる親父の表情が悲しすぎて、黙って頷くことしかできなかった。
中学に上がると同時に引っ越しをし、広い一戸建ての家から、狭いアパートで暮らすように。
ずっと家で仕事をしていた親父は会社に通うようになり、狭いアパートではずっと一人。
『ジムに通いたい』とも思ったし、親父が「ジム通いするか?」とも聞いてきたけど、英雄さんが『高校生になってから』と言っていた事が頭に残っていたせいか、通う事はなく、縄跳びをし続けていた。
家で一人でいると、どうしても親父から言われたことを思い出してしまい、週3日しか許可されなかった縄跳びを、毎日するようになっていたけど、胸の奥がモヤモヤし、何かが引っかかるように感じ続けていた。
中学になり、部活をどうしようか迷っていたんだけど、動きが少しだけボクシングに似てるから、卓球部に入ることに。
けど、真面目に部活をするのではなく、ほとんどサボるばかりだった。
夏休み。
親父には内緒のまま、思い切って電車を乗り継ぎ、書かれた住所に行ってみることに。
英雄さんに会ったら、胸の奥の引っ掛かりが取れるかもしれない。
千尋に会ったら、靄が晴れるかもしれない。
そう思いながら電車に揺られていたんだけど、住所の書かれた場所は空き地になっていた。
呆然としながら空き地を見ていると、背後から「あら? 光君じゃない」と声を掛けられ、振り返ると知らないおばさんが歩み寄ってきた。
『光君?』
そう思っていたんだけど、おばさんは嬉しそうに「久しぶりねぇ! やせたんじゃない?」と言いながら、俺の腕をベタベタ触ってくる。
『光君って誰?』と聞く暇もないままに、おばさんはマシンガンのように話し始めていた。
「英雄さんならとっくに越したけど聞いてないの? あの人、現役時代に殴られすぎて呆けてるのよ。 この前なんてスーパーに買い物に行って、お店にちーちゃん置いて来ちゃったのよ? カズ君が必死に探してたんだけど、ヨシ君が見つけて、無事に帰ってきたんだから! 桜ちゃん、めちゃめちゃ怒ってたのよ? それより肘はもう大丈夫なの?」
一方的に話され、呆然としていたんだけど、話の中で『英雄さんと千尋がここにいた』と言う事実を証明してくれた。
「あ、あの! 英雄さん、今どこにいますか?」
「えっとねぇ… あれ? 元々東帝ジムに居て、次に東条ジムに行ったでしょ? そこから… 広瀬! 『広瀬ジムに行く』って言ってたわ! トレーナーやるんですって!」
「広瀬ってこの辺ですか?」
「何度も招待試合行ったじゃない。 光君も呆けたの?」
「つ、ついド忘れしちゃって…」
「やぁねぇ… しっかりしないと英雄さんみたくなっちゃうわよ? あら! 吉野さん!! お買い物!?」
おばさんはそう言いながら男性の元に駆け出し、慌ててその場を逃げ出していた。
『広瀬ジムでトレーナーしてるんだ』
完全に人違いから始まった会話だけど、英雄さんと千尋に繋がる手がかりを掴めたことに、小さな喜びを感じていた。
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