6
「さぁ、お嬢さん方、暗くて湿っぽい所だが、出発までの間ここでゆっくり休んで旅の疲れを癒すと良い。退屈ならば、ここにはお前さん方と歳の変わらぬ女たちも居るから、良かったら異国の話でも聞かせてやってくれないかね?」
と、インティキル最高指導者『ハラカタ』ことロルカ師は、思っていた通りの穏やかな声、口調で私たちに話しかけてくる。
私は思わず恐縮し「こちらこそお邪魔します。お気遣いありがとうございます」と正に親戚のおじいさんのお家にお邪魔した気分になる。シスルもぺこりと頭を下げた。
ついでロルカ師は少佐にも。
「オタケベ殿『凍割作戦』以来ですな、あの折は本当によくして頂いた。この老人、そのご恩を忘れておりません」
「いえいえ、仕事ですから」と照れ笑いしつつ頭をぼりぼり掻く少佐に、こんどはウルロコさん。
「あんた以外の帝国から来た軍人はワシらを獣扱いしよったが、あんたは違った。共に戦う戦士として俺たちを見てくれた。そして、人としての誇りを教えてくれた。おかげで俺たちインティキルの戦いは単に同盟の奴等に対する復讐じゃなく、イェルオルコの誇りを守るための戦いになり組織の結束も強くなった。感謝してる」
それに対しても「それも俺の仕事のやり方さ。感謝なんてもったいねぇぜウルロコの兄貴よ」と少佐は返す。
全球大戦の流れを変えた『凍割作戦』は、この地で二か月半に渡り展開され、尾根一本、谷一本、村の一つ一つを奪い合う熾烈な白兵戦が連日続いたと聞いている。
そんな日々の中で、少佐はこの人たちの心を掴み共に激戦を戦い抜いたのだろう。
見た目はいい加減で軽そうな人だけど・・・・・・。
「挨拶はこの辺で、中隊長殿、先ずは最新状況のご報告何ですが、良い話と悪い話、どちらから先に聞かれますか?」
と熊さん、失礼、ウルジンバドル大尉が鬚だるま顔をにゅぅと突き出し少佐に問うてくる。
「中隊長はよせいやい、中隊どころか、目下の部下はこの角眼鏡の女大尉さんと、角尻尾のお嬢ちゃんだけよ。少佐で良いわ少佐で、で、報告だけど、まぁ定石は悪い方からだなぁ」
「承知しました少佐殿、では悪い方の報告ですが、今回の作戦、早くも敵の知ることとなっておりまして、追跡部隊がチュルクバンバ地方に送り込まれたとの事ですが、その部隊の主力が、なんとあの『犬鷲旅団』です」
少佐の顔がさっと曇り、頬が苦笑で歪んだ。
「奴さんらが作戦に感づいてるのは織り込み済みよ、なんせ我らがトガベ少将閣下が同盟の代表の前でやってやるって豪語したんだからな。しかし『犬鷲旅団』は頂けぇな」
少佐を恐れさせる『犬鷲旅団』一体どんな奴らなのか?名前は小耳にはさんだことがあるけど。
やはり疑問を持ったシスルが少佐に聞く。
「
「特殊作戦を実行する精鋭部隊ってところは同じだが中身は全く違う。正式名前はウンハルラント民主国陸軍第一山岳猟兵旅団、高山や寒冷地での戦いの為に作られた部隊で、隊員の全員が高所登山や極地活動の専門家だ。そしてそいつらを率いてるのが、アイロイス・フォル・シュタウナウ大佐。これがとんでもない野郎で、北方大陸でも三番目に高いガルガッソンヌを真冬に登頂したり、南方大陸でも標高七五九〇のチュェンジガルや七七〇八のカイザーゼルの初登頂を成功させてる。正真正銘、本物の山屋だ。性格も開明的で紳士的、部下からの信頼も篤く敵に対しても捕虜の虐待や占領地での略奪暴行は一切許さない。本物の軍人で本物の冒険家、尊敬できる人物だが敵に回せばこれほど恐ろしい奴は居ねぇ」
世の中で三番目に高い山を登ったり、七千
そう思った私の相当酷い顔を見たのか少佐は。
「まぁ、心配すんなやシィーラ大尉殿よ、相手が専門家ならこっちだって手の内がある程度わかるってもんよ。おまけに地の利はインティキルを味方にしてる俺たちにある。それに・・・・・・。」
そこで言葉を切り、私とシスルを意味ありに見て来る少佐。思わず私は「それに、何ですか?」
「山ってヤツはどんな人間に対しても平等に接してくれる。隙あらば死を与える意味でな。犬鷲であろうとハゲタカであろうと関係なしよ」
嫌な沈黙の後、慌てて少佐は熊さん、失礼、ウルジンバドル大尉に「いい方の知らせってのは?」
「本国からの知らせで向こう一か月間の長期の気象予報が出たそうです。それによると今月一杯は低い気温が続くようですが、天候は安定するそうです。まぁ、この辺りじゃあんまり当てに成りませんが。あと、道中で使う物資ですが、ご指定の場所に残置する事に成功しました」
「天気の件はまぁ期待値として聞いておこうか、残置物資の件は本当にご苦労さんだった。おかげで作戦の半分は成功したみたいなもんだぜ」
嬉しそうに少佐はそう言った後、ウルロコさんに「兄貴、荷役隊の人選はどうだい?」
「インティキルが誇る醜男ばかりを集めた。人数はあんたの頼み通り四十人。ここから遠い拠点の奴も呼んでるから明日の朝には顔合わせできる」
ウルロコさんの自信ありげな答えに不敵な笑みを浮かべて「了解、明日が楽しみだ」と少佐。
その後、火鉢を脇にどけオルコワリャリョ周辺の簡単な概念図を広げ、これから進む進路についての打ち合わせが始まった。
この『オリャンタン砦』を出発後、近くの五八九九
道中で六千
まずは七三〇二
その行程中には、インティキルの人々があらかじめ食料や燃料を荷揚げし残置してくれているので、主稜線に上がってからスーパイプカラまでは最低限の荷物だけで行動できるように準備してある。
また、オルコワリャリョ登頂も私たち三人だけでなく、インティキルの戦士から選抜した四十人の荷役隊からさらにふるいにかけ数人を同行することにした。
つまり私は登山と撮影、送信に専念できるというわけだ。ここまで来てやっと作戦の全体像が見えて来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます