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 さて、私たちの次なる目的地、イェルオルコ族武装組織『インティキル』の拠点『オリャンタン砦』はワカパンパ大圏谷の入り口にある。

 と、聞いていたのだけど、圏谷に入ってもその姿は一向に見えない。砦と言うからには最低でも石積みの防壁とかがあるのかと思っていたけど・・・・・・。

 ワカオルコの扱い方にも慣れたので速足で先頭に居るインティキルの戦士に「ねぇ、砦って近いの?全然見えないんだけど?」と尋ねると、頬の鬚を上げてニッコリわらい。


「そりゃぁ大尉殿、簡単に見つかっちまえば同盟の奴らにボコボコにされますわなぁ、もうわしらは砦の上に居るんですぜ」


 えっ、と驚きワカオルコの足を止め、辺りを見渡すがそれらしきものは何もない。まさかと思い地面も見るが、当然石ころだらけ。

 気付けば少佐が私の傍に来てにやにや笑いながら前方を指さし。


「あっちを見な、岩と岩の間に上手に隠された機関銃の銃座が見えっだろ?その奥には山砲の砲座、隣に対空機関砲の砲座、それに監視所、ここはな氷河の時代に流され溜まりに溜まった大岩が幾層にも重なった場所でな、インティキルの連中はその大岩と大岩の間に出来た無数の隙間を利用して一大地下要塞を造ったってワケ。何万年もかかって積み重なった岩だからまずビクともしねぇ、砲撃や爆撃はおろか、甲飛艦(飛行戦艦)の艦砲射撃にもカエルの面にションベンだろうよ」 


 と、言う事はこの無限に広がる大岩の重なりの下に砦があると言う事?なんか頭がくらくらしてきた。

 岩の模様が見事に染め抜かれた布で偽装された砦への入り口は、ワカオルコでも余裕で通れる高さと幅を持っていて、さらに石で出来た扉でふさがれている。

 この扉が実によくできていて、大きな石の円盤を縦に置き溝の中を転がすことで開閉が出来るようにしてあるのだ。これなら人力で開閉できるしいざと成れば閂をかけ開けられない様にも出来る。分厚い石を加工した物なので少々の攻撃にも耐えられそう。

 石の扉の向こうは長い長い地下道に成っていて、これまた驚いたことに電灯で明るく照らされている。飲み水にもなっている地下水脈の流れを使って水力発電をしているそうだ。

 岩の隙間を利用しているだけあって地下道はくねくね曲がり一か所としてまっすぐなところは無いけど、これが万が一的に攻め込まれた時にはモノをいうのだろう。

 道は各所で枝分かれし、各枝の先に兵舎、武器庫、武器工場、畜舎、食糧庫、病院、学校、なんと無電ラジオ局まであった。

 砦と言うより要塞?いいや、もはや地下都市だ。聞けばここに戦士やその家族も含め六千人ものイェルオルコの人々が住んでいて、二三年は立て籠もれる食料や武器弾薬が備蓄されれているとの事。

 地下都市の最奥部に招かれると、折り畳み机や椅子が並べられ、最新式の無線機が設置され、大判の地図も張り出された近代的な野戦指揮所のような部屋にたどり着く。

 ここがインティキルの司令部?

 部屋の一隅には、周囲の雰囲気とは全く反対の、色鮮やかな敷布が敷かれ、精緻な刺繍の壁掛けで飾られた小部屋があり、三つの人影が獣の糞が赤々と燃やされた火鉢を囲んでいた。

 一人は加齢で銀色の体毛がかなり白化しており、目には分厚い眼鏡を掛けまほらま風の煙管で美味しそうに紙巻きたばこを吹かしながら、分厚い本を読んでいた。字を追う視線は穏やその物で、見るからに知性を感じる老紳士然とした雰囲気の持ち主だ。

 一方もう一人はいかにも古強者といった風情。他のイェルオルコの人々よりも一回りは大きそうな立派な体躯の持ち主で、左の額から頬に掛け大きな傷跡があり目には黒い眼帯を掛けている。私たちを見つめる残った右目は、敵意や緊張感は無いけど油断なさはびんびん感じる。

 残る一人は驚いたことに東方人種の男性、黒い短髪に頬から顎、団子鼻のその下までびっしりと鬚を生やし、ガッチリ引き締まったずんぐりムックリな体にウンハルラント陸軍の軍服を身に着け、毛皮の胴衣を纏いインティキルの戦士の様に弾帯をたすき掛けにしている。失礼を承知で言うならば、まるで熊の様な風体。

 真剣に火鉢をの上を見つめているのでよくみると火箸を使い丹念に干し芋を焼いていた。

 隻眼の偉丈夫が東方人種の膝を小突き、低い声で「顧問殿、お仲間ですぞ」

 言われた東方人種の男の人は私たちの方を見るなり立ち上がり、洞窟の壁を振るわすような大声で。


「おお!中隊長殿!お久しゅうございますなぁ!龍顎州南部以来ですなぁ!ご健勝そうで何より」


 と言いつつ少佐に駆けよって来た。対して少佐も彼の甲にびっしりと黒い毛を生やした手を取り。


「熊さんこそ元気そうじゃねぇか!トガベ少将閣下からここで軍事顧問してるって聞いたときゃびっくりしたぜ、それにしても、毛皮は似合うがウンハルラントの軍服は似合わねぇな」


「しょうがありません、これしか無いもんで」と愉快気に笑う『熊さん』の肩を手を置いて私たちに向き直った少佐は。


「紹介しよう、この熊みたいな野郎はウルジンバドル大尉、特務機関臨南支部の所属でインティキルに派遣された軍事顧問団長だ。因みに俺の元部下」


 それから眼鏡の老紳士を手で示し。


「で、此方の方がインティキルで思想面、政治面で指導者をされてるシンチ・ロルカ師、ここでは皆『ハラカタ』とお呼びしている」


 紹介されたハラカタ、ロルカ師は本を閉じ、眼鏡を直して私たちに向き直り、穏やかな笑みを浮かべまほらま人風の丁寧なおじきをしてくれる。


「それから、こっちの怖そうなオジサンが軍事指導者のカパク・ウルロコだ」


 そう紹介された隻眼の偉丈夫カパク・ウルロコは。


「オジサンはしょうがないとして『怖そうな』は余分だろ?ライドウ。お嬢さん方安心なさい、このウルロコ、確かに見た目は怖いが本当は優しいおじさんだ」


 と切り返す顔には恐ろし気な傷跡や眼帯には似合わぬお茶目な笑みが浮かんでいる。(因みに私の陰ではラチャコ君がウルロコ氏の『本当は優しいおじさんだ』の発言を聞いて顔を引きつらせていたことは、あえて伏せておこう)

 兵力装備物量、あらゆる面において何十倍も勝る同盟軍を向こうに回し、三十年近くもの間一進一退の攻防を繰り広げて来たインティキルの最高幹部たちのが、今、前に居るのだ。

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