第二章
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皇紀八三七年穂月四日(聖暦一六三―年七月)
アキツ諸侯連合帝国陸軍新領 拓洋市
拓洋を発つ前、ライドウ少佐が拠点にしている
まずは同盟領内を移動する際に使う偽の身元についての情報を徹底的に覚える事。
私に与えられた『新しい身元』は、まほらま人の商社の重役に囲われた原住民の若い女というもので、無論、その『まほらま人のお金持ち』というのは少佐の事。
つまり、私は少佐のお妾さんという訳だ。
これ、だいぶ恥ずかしいんですけどぉ・・・・・・。
同盟で産出する毛織物の輸入で大もうけしてる商社の重役である少佐が、新商品の買い付けの為に物見遊山がてら妾の私と召使のシスルを連れて、同盟海外共同統治領南部の山岳地帯を旅行すると言うのが大まかな筋書き。その中に登場する『トクラト通商』なる会社は、なんと拓洋市内に実在し法人登記もされて、本当に同盟や連合と羊毛や生糸、綿などの繊維を買い付け利益を上げて税金も納めている。
しかし、その正体は特務機関が作り上げた偽装工作専門の会社。少佐の話によるとそんな会社が何社もあり秘密工作の隠れ蓑にされているという。
因みに私が心血を注いで開発した撮影機材は、別の偽装会社が医療用の放射線撮影機という名目ですでに現地に送られている。
偽の身元やそれを証明する旅券や身分証明書等々は、特務機関の書類偽造専門部隊が見事な奴を作って支給してくれたけど、田舎産まれ軍隊育ちの私を会社重役のお妾さんに仕立て上げるのはこっちで何とかしなきゃならない。
ものの言い方や立ち居振る舞いは道中あまり人に接触しなきゃ誤魔化せるものの、見た目ばかりは何とか取り繕わないと。
ここで登場するのがジングウ・ユイレンさん。愛らしさと艶やかさが絶妙に合いまった女の私から見ても惚れ惚れするほど美しい人で、女の細腕で五十室以上の客室をもつ
訓練施設では決して聞けなかったキモチワルイまでの猫なで声で少佐が。
「この田舎娘を一端の都会風な女に見えるようにしてもらえませんか?事情は軍機と言う事で、当然資金はこっちで用意いたしますです」
と頼み込むと、ふんわりとした笑みを浮かべて。
「オタケベ様がどんな悪だくみをお考えかは聞かない事に致しましょ、でもお国の為と割り切って、承知いたしました。お任せくださいな」
それから辻待ち
婦人服売り場に入るとそこはもう別世界!
花や羽など可愛くてきれいな飾りのついた帽子、鮮やかな色で染めた柔らかそうな革を使った靴、ふんわりとして見た目も暖かそうな毛皮の外套、ひらひらと軽やかげな
買い物なんて郷里で月に一度開かれる市場か、衛戍地の酒保(売店)、寄宿舎から総軍司令部に行くまでの間での買い食いくらいしかしたことが無い私にとっては夢の中にいる心地だ。
ユイレンさんはというと、そこはやっぱり都会の女の人で職業婦人と言った所で、服や靴、小物の売り場をくらくらしている私を引き連れあちらこちらと渡り歩き、店員さんに。
「この子がしばらく寒い所に洋行するのだけれど、似合うお召物を見繕っていただけますかしら?」
と注文して回る。すると相手も。
「まぁ、ジングウ様のお知り合いのお嬢さんですの?純朴そうで可愛らしいお嬢さんですねぇ、よろしゅうございますお任せください」
てな具合で次から次へと品物を出してきて私に合わせて見せる。
それをユイレンさんは真剣な表情で「少し派手かしら?」「子供っぽ過ぎるわねぇ」「う~ん、ちょっと艶っぽさが足りないかなぁ」と、まるで我がことのように査定する。
その度に私は色んな衣装や靴や帽子を着たり履いたり脱いだりを繰り返しヘトヘトに・・・・・・。
結局本日のお買い上げは旅行用の
服や装身具がそろえば次は化粧品。眉墨、白粉、口紅に香水と次々と舶来の高級品を買い回り、それが終われば実際に使ってお化粧のお稽古。
そして、出来上がった顔は・・・・・・。
だれ、この
私の後ろでユイレンさんは「元が可愛らしいお顔ですものね、上出来上出来」と我がことのように嬉しそう。
売り場を出て、少佐からもらったお金で支払いを済ませ『トクラト通商』宛の領収書に書かれた金額を見たら気を失いそうになったけど、支払ったユイレンさんは。
「あ~あ、久々に思いっきりお買い物をして清々したわ。おまけに自分のお腹は全く痛まないって、これほど愉快で痛快なことは無いと思わない?ねぇシィーラさん?」
その後、百貨店最上階の
そのままの顔で戻った私を見た少佐は読みかけの新聞をパタリと落とし、シスルは訝し気な顔で「
次に山の様な買い物と零が延々と並ぶ領収書を見た少佐は「いや、また、なんともこれは凄まじいですなぁ」と流石に青い顔。
でも当のユイレンさんは。
「女にとってのお召物や装身具お化粧品は、お国にとっての軍艦や戦車と同じ、身や体面を守るための武器でございますわ」
とコロコロ笑いながら答えるもんだから少佐も「ま、左様ですなぁ」としか言えずに苦笑いするほか無しという具合だった。
翌日、私と少佐、シスルは一般の宿泊客の態で月桃館を出て、拓洋港へ。
少佐は中折れ帽に砂色の羊毛の外套、私はつばの広い羽の飾りのついた角出し帽子に空色の外套、白い
なんか、こんな格好をしているだけで晴れやかな気分になる。今から敵地に侵入するのにね。
一方シスルはというと、角を隠すための鳥撃ち帽子に毛織の短い上着、裾を絞ったひざ丈の
あんまりにも申し訳なくて港へ向かう辻待ち
「ごめんね、私ばっかりオシャレさせてもらって、君も女の子なのにね」
と詫びると、本人は。
「気にするな姉ぇよ。だいたい
全く気にしてない様子。それなりの格好をして着飾れば結構可愛い女の子なんだけどなぁ~。
まぁ、女の生き方って女らしくするだけじゃ無いし、て、ことで。
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